第11話 不審者たちの自己紹介

 部室の中央で、お祭りで売っているような仮面をつけた不審者二人組が、互いのシャツの襟元を引っつかみ、一触即発の雰囲気だ。


 何を言っているのかわからないが、そんなこと言われたって僕だって、何が起きてるのかわからない。だからそっと戸を閉めて、久方と鳴瀬さんの手を取って立ち去ろうとしたところ……。


 仮面の一人が急ぎ部室から飛び出してきて、僕を引っつかむ。頭の混乱がオーバーフローして気がどうにかなりそうだった。いや、もうなっているんだろう。



 不審者怖い! 不審者怖い! 不審者怖い!



「ぼ、ぼぼぼ僕はお金持ってないですし、狙うならそこのデブにしてください!」


「ちょ、何、どさくさまぎれの身代わりとかアリ!? 大体俺はデブじゃない! ぽっちゃりだ!」


 僕はとっさに身代わりにオタキングを差し出したが、不審者は彼に手を出さず、あたふたと慌てたように両手をふっていた。


「待て高野! これは、その違うんだ!」


 仮面の人物はそっと面を外す。仮面の下に隠れていたのは……あろうことか鶴松先輩だった。

 先輩は息つく暇与えず、僕らを部室に引き込む。


 入ってきた僕の姿を見て、仮面のもう一人の方も面を外す。正体はやっぱりというかなんというか白石先輩だった。


 鶴松先輩はばつが悪そうな顔をして口を開いた。


「……ったく、急に入ってくんじゃねぇよ。びっくりしたぜまったく」


「お言葉ですが先輩。僕は不審者に殺されるかと思いましたよ!? 二人してそんな変態じみたカッコして何してたんですか、この変態コンビが!」


「うるせぇ! この女と俺をコンビ扱いするな! いいか高野。俺たちはちょっとその……だな……」


 煮え切らない態度で言葉を濁す鶴松先輩を見て、かわりに白石先輩がため息をつきつつ事情を説明してくれた。


「そのぅ……部活紹介の練習だったの」


 え~っ!? さっきの変なコントみたいなのが部活紹介だって!? 仮面だって意味不明だし、やはりこの二人の先輩達は僕たちの常識の範囲外で生きている人たちなんだ。大体そもそもにして…………、



「先輩、一年生向けの部活紹介はもうとっくに終わってますけど」



 そうなのだ。部活紹介なんて入学式のすぐ後に終わって、みんな大体そのあたりでどっかの部活に入部してる。今更何をしようというのか、この人達は。


「わ、わかってるよそれくらい! でも、せっかく高野くんが入ってくれたんだし、もういっぺん勧誘イベントっぽいのやってみようかって思ってね……」


「言っとくけどな! 俺はこいつの手伝いをしてやってただけだからな!」


「いや、それは別にどっちでもいいですけど……それがなぜ仮面かぶって取っ組み合い始めることになるんですか!?」


 すると、白石先輩がもじもじと両手の人差し指同士をくっつけ、離し、しながら言う。


「やっぱちょっと変だったかしら?」


 どうやら自分でも少しは自覚があったらしい。


「変どころじゃないですよ! 二人とも完全に不審者でしたから!」


「だから俺は反対したんだ! でもこの女!

『今時の子は刺激が強いモノを求めるから、とにかく目立つモノにしよう!』

 とか言いだしやがってな。やっぱ、こいつ頭のネジをどっかに落としてきちまったんだよ。ああ哀れなりけり」


「そ、そういう自分だって!

『……ま、目立つのは悪い選択肢じゃねぇ。ポスター貼りよりはよっぽど効率的かもな』

とか得意げにほざいてたくせに!」


「はぁっ!? おま、俺そんなバカみたいな声でしゃべってねぇし!」


「しゃべってましたぁ~!」


「はいはいもういいですからそういう茶番!」


「そんなぁ、高野くんまでいじめなくてもいいのに…………て、あら? その人たちは?」


 こと、ここに至ってようやく白石先輩はさっきから僕の後ろでぽかんとしている二人に気がついたらしい。


 久方も鳴瀬さんも、入り口のところでぼーっと固まっていて、先輩たちのこのノリについてこれずにいた。それが常人の反応である。こんな変人二人組に絡まれることなんて普通、そうそうあるものではない。


 こほん。と一つ息を置いて、硬直している二人のことを白石先輩に説明する。


「二人は僕と同じクラスで、文芸部に仮入部したいと言うんで連れてきたんですよ」


「鳴瀬麻衣です。高野くんとは同じクラスで、文芸部の話を聞いて活動を見てみたくて来ました。よろしくお願いします!」


「俺も同じクラスの久方和也です」


「というわけで二人とも、文芸部に興味があるみたいで…………って白石先輩? なんで泣いてるんですか!?」


「な、泣いてないよぅ! でもでもっ……まさか高野くんが二人も入部希望者を連れてきてくれるなんて思わなくて」


 鶴松先輩はしてやったりという含み笑いをして言う。


「ふぅん。やるじゃねぇか高野」


「……それほどでも。それはそうと、白石先輩。二人もいきなり濃い先輩たちに会ってわけわかんないと思うので、いい加減文芸部のこと説明してやってもらえませんか?」


「そ、そだね! じゃあみんなこっち来て座って座って! ほら鶴松! 突っ立ってないでそこの机動かす!」


「てめぇ俺に指図すんじゃねぇ!」


 ……と、多少の口げんかを挟みつつも、ボロい部室の真ん中に皆が座って話せるテーブル席が出来上がった。これから改めて自己紹介をして、文芸部の活動について二人に説明しようという流れだ。皆着席したところで、白石先輩が話し出す。



「ただ自己紹介するのもつまんないからね。文芸部らしく、好きな本とかジャンルとかも言うことにしましょうか。

 え~と……それでは、遅れましたが、私が文芸部部長の白石しらいしなぎさです。

 今日は来てくれてありがとうね。えっと、好きな本だけど……私は結構何でも読む方だけど、やっぱり小説を読んでることが多いかな」



 メガネを指でいじりながら話すのは照れているからだろうか。白石先輩は案外人見知りする方なのかもしれない。それと、やっぱり小説好きなのか。存在感のあるメガネやもっさりした黒髪も相まってまさしく文学少女だ。


 白石先輩が物腰穏やかな自己紹介をした一方、鶴松先輩はぶっきらぼうに話し始めた。



鶴松文彦つるまつふみひこ。ビブリオ部の部長だ。このメガネ女のことは金魚の糞みたいなもんだと思っている」



 また、なんでそういうこと言うかなぁ。売り言葉に買い言葉の不毛な口げんかが始まってしまうだろうに。先輩達の茶番に付き合うのはもう面倒なことこの上ないのだ。


「よろしく……っと、好きな本も言うのか。俺がよく読むのは新書とか実用書が多いな。ちなみに言っとくと基本的に小説とかフィクションの類いは大嫌いだ」


 これみよがしに白石先輩の方を見て、嫌いな本まで丁寧に答えてくれた鶴松先輩。性格はアレだけど、端的に言って鶴松先輩はイケメンである。なんで白石先輩につっかかるのか謎だけど……。実用書ばっかり読んでるなんて、ちょっとサラリーマンみたいだと思った。


 また先輩たちの抗争が始まる前に僕は自己紹介を始めた。といっても……鳴瀬さんも久方も同じクラスだし。



「改めて言う必要もないと思うけど、高野悟たかのさとるです。好きな本……は特にない、です。白石先輩とかぶっちゃうけど小説はよく読む方ですね。特にホラーとかSF小説は好んで読んでます」



「……高野くんって下の名前、悟って言うんだ…………初めて知ったぜ」


「いやいやいやクラスメイトだよ僕ら? オタキングが趣味にしか興味ないのは知ってるけど、クラスメイト……しかも後ろの席の奴の名前くらい覚えとこうよ、せめて!」


 僕は以前からオタキングに若干の友達意識を感じていたのだが、名前を覚えていなかったなんてショックだ。地味にへこむわ。


 そんな僕らのやりとりを微笑ましく聞いていたのは白石先輩だ。


「あらあら二人とも、ずいぶん仲良しなのね」


「先輩、人の話聞いてました? こいつ結構なクズですよ?」


「ふっ……その発言はブーメランだぜ、高野くんよ。忘れたとは言わせん。君は先刻、大切な友を身代わりにしたのだ」


「なっ……オタキングだけには言われたくない! 大切な友って誰のことだよ!」


 やれやれと僕らの小競り合いをおさめたのは鳴瀬さんだ。


「まぁまぁ高野くん。久方くんの残念ぶりに一々構っていたら日が暮れてしまうわ」


「委員長ってナチュラルにひどいこと言うよな……」



「あ、次ウチの番でしたね。鳴瀬麻衣なるせまいです。『ウチ』って言い方、小さい頃からの口癖みたいで意識しなくても出ちゃうのであまり気にしないでください。一応、クラスの学級委員やってます。好きな本は……SFとかオカルティックなものとか超科学的なものを好んで読んでます。結構、高野くんとは趣味が合うかもしれません」



 うえぇ……鳴瀬さんがオカルト好きだったって!?

 そんなイメージなかったから意外だ。勉強もできて真面目な(だと思ってた)彼女だから、読むなら小難しい純文学的な小説かと思ってたんだけど……。

 人は見かけにはよらない。今度、おすすめのホラー小説でも教えてもらおうかな。



「最後は俺か。高野くんや委員長と同じクラスの一年、久方和也ひさかたかずやっす。あの……一つ質問なんですが、文芸部ってやっぱり毎回がっつり本読んだりするんですか?」



「そんなことないわよ。私はずっと読書してること多いけど、鶴松はそもそも部室にいなかったりするし、その辺はわりと自由な感じよ」


「まぁそうだな。俺もどっちかといえば読書は嫌いな方だし、心配しなくても良いと思うぞ? むしろお前のような奴が入ってくれて、味方が増えたようで助かるよ。高野もなんだかんだ言って、白石と似たタイプだからな。本の虫だよ、虫!」


 鶴松先輩の中では僕は白石先輩と一緒くたにされていたらしい。……心外だ。


「そうですか……。俺、高野くんに誘われて来たはいいんですけど、実はあんまり本読むの好きじゃなくて。漫画読んだり、ゲームしたり、アニメ見てる方が好きなんですよね。だから、ちょっとホッとしました。ちなみに先輩は今期アニメ何見てます?」


 うん、まぁ……今日も授業中にゲーム機没収されてたしね。そしてさらっと今期アニメの話を振るあたり、彼がオタキングたる所以である。


 白石先輩もちょっと困り顔だった。


「えっと、無理して小説とか読むことないと思うよ? 私はあんまり読まないから詳しくないけど、漫画だって立派な本だと思うし。あと今期アニメっていうのは……何?」


 アニメを見ない人には通じないオタク界隈の用語。アニメは春、夏、秋、冬と四シーズンごとに番組編成されていて、今期というからには今シーズン放送しているアニメということだ。多い時では一シーズンに30くらいのアニメが放送されているから、全部に目を通すのはなかなかできることじゃあない。


 …………ていうか、なんで僕がアニメの解説してるんだ。一応言っとくと、僕は別にアニメオタクじゃないから。今期は「サナのねがいごと」ってアニメを毎週チェックしてるくらいだ。


 普段アニメなんてあんまり見ないのか、なんと答えたものか困惑する白石先輩を見て、鳴瀬さんが小さくため息こぼす。


「白石先輩、久方くんの戯れ言に一々付き合う必要ないですよ。それよりウ……じゃなくて私、ちょっと気になったことがあるんですけど」


「あら、なにかしら? えっと……」


「鳴瀬麻衣です」


「あ、ごめんね鳴瀬さん。麻衣ちゃんでいいかな? 私ってば登場人物の名前覚えるのは得意なんだけど、現実だとなかなか上手くいかなくて。口癖は気にしなくても大丈夫だからね」


「コミュ障だからな」


「…………。えっとそれで、聞きたいことって言うのは?」


「はい、ありがとうございます。ウチは高野くんに文芸部に連れてきてもらったつもりなんですけど、聞き間違いじゃなければ、鶴松先輩はさっき、ビブリオ部の部長、って……」


「ああ。そうだが」


 なるほど、鳴瀬さんの言いたいことはわかった。僕が疑問に思ったのと同じことだろう。


「ビブリオ部って何する部なんですか? 失礼ながら、部活紹介でも聞いたこともないし、この高校にそんな部活なかったと思うので」


「麻衣ちゃん。この男の言うことはほとんど口から出任せのでたらめだから、あまり気にすることないわよ」


「黙れメガネビッチ! んまぁ、ややこしいと言えばややこしいかもな。高野もよくわかってなかったみたいだし」


 そう言うと鶴松先輩はルーズリーフを一枚取り出して、ペンを走らせながら説明する。


「遺憾ながら一つ謝っておくと、ビブリオ部は非公式の部活だ。言ってみればファンクラブみたいなもんで学校からは認められていない」


 遺憾も何もただの事実だと思うが、口には出さないでおいた。


「ビブリオ部は文芸部の活動の一つだと思ってもらえばいい。だから俺も文芸部員だよ一応はな」


「文芸部的活動一切しないけどね」


「へん。教室に閉じこもって悶々と読書してるだけの何が面白いんだ? 俺には理解できないね」


「あのう、じゃあ鶴松先輩は文芸部で何をしているんですか? それにビブリオっていうのもわかんないですし」


 すると、鶴松先輩は得意げに笑って返事をする。


「へへっ、何してるって決まってんだろ。ビブリオ部なんだから、ビブリオバトルをやってんのさ」



「ビブリオバトルだって!?」



 久方が突然立ち上がって、驚いたように言った。

 しかし、すぐにきょとんとした顔をして、



「…………って何すか?」




 鶴松先輩は呆れて肩を落としていたが、反面なぜか口元は嬉しそうにしていた。

 ビブリオバトルが好きだからこそ、まったく知らない人に一から教えるのが楽しみなのかもしれない。僕にもそんなことがあった。もうずっと昔の話だけどさ。

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