第40話 綯い交ぜの気持ち
全員の発表が終わると、いよいよ本の投票が始まった。
普段のビブリオバトルでは、発表者がそれぞれ、自分が一番読みたいと思った本に対して投票するのだけど、この時の全国コンテストではルールが少し変わっていて、発表者ではなく、会場の観客が投票する形となっていた。つまり、会場内の観客は発表を聞く聴衆でもあり、投票をする審査員でもあるというわけだ。会場内の席にはあらかじめ一~四の数字が書いてあるリモコンが配られていて、そのボタンを押して本に投票するという仕組みだ。早い話がクイズ番組のオーディエンス一斉回答みたいなもんだ。
僕を除く他の発表者たちは、投票の様子を固唾を飲んで見守っていた。その一方で僕はといえば、やり切ったという気持ちばかりで、順位などは頭の中に無かった。そんなことよりも、胸の内から溢れんばかりに湧き出てくる、喩えようのない気恥ずかしさをどうにかするので手一杯だった。
発表の時に紹介した小説『林檎の木の下で』は何を隠そう、涼の書いた小説である。
発表をしていた時は気持ちが高ぶっていたから感覚が麻痺していたのだろうけど、発表を終えて少し頭が冷えて、僕は今、どんな顔で幼馴染みに会えば良いかわからなかった。
僕があいつの小説が好きなのは事実だし否定する気もさらさらない。だけどそれを面と向かって本人に言うのは、背中がむずがゆくなるような恥ずかしさを覚える。だって、なんていうかその……ちょっとした告白みたいじゃないか。いやそれは違うか。第一、ちょっとした告白って意味わかんないし。だがしかし、そんな背中がかゆくなるようなことを、僕は大勢の観衆を前にやってしまったのだ。繰り返すけど、もうすでにやってしまったのだ。タイムマシンがあるならいざ知らず、やっちまったことはもうどうしようもない。ここは腹を据えて大人しく投票結果を見守ろうじゃないか……ってなれば立派なもんだけど、生憎僕はそんな、どっかの小説の主人公みたいにカッコいい性格をしてなくて。これからどんな顔してあいつに話しかけたら良いのか――投票結果そっちのけで、そればかりが頭の中をぐるぐるぐるぐる延々と渦巻いていたのだった。
やがて投票の集計が終わって、結果が発表が始まろうという頃になると、会場内は緊張をはらんだ空気になっていく。
司会者の声でチャンプ本が告げられる。
全国中学ビブリオバトルコンクールの晴れ舞台で見事チャンプ本を勝ち取ったのは、三番目の発表者が紹介した推理小説だった。
チャンプ本が決まった瞬間に不思議と胸のざわつきが静まって……それなのに握った拳は解けなくて……ああそうか、僕の本は選ばれなかったんだ。
最初から勝てると思っていたわけじゃない。なのに……。
大好きだった本は選ばれなかった。ただそれだけの事実が空っぽの心に落ちた一滴の墨汁のようにシミを作った。黒いシミはじわりと滲んで広がっていく。
チャンプ本を勝ち取った発表者が記念のトロフィーを受け取り、今回のビブリオバトルを振り返っての感想を話していたが、彼の言葉はほとんど耳に入らなかった。
優勝者も決定し、後は特別審査員の方々の講説で全中ビブリオコンクールも終わりだ。
だけど――その次の瞬間、耳に入ってきた言葉に僕は驚きのあまり目を見張った。
「続いて、準チャンプの発表です。見事準チャンプ本に選ばれたのは、高野悟くん発表の『林檎の木の下で』です」
一瞬、わけがわからなかった。
ビブリオバトルはチャンプ本を決めて、それで終わりだ。残りの順位付けに意味を付ける競技形式ではない。今までの予選だって、準チャンプなんて存在しなかったのだ。
「僕が……準チャンプ……?」
司会者にマイクを手渡され、コメントを求められても、なんてしゃべったら良いか分からなくて、僕はただ呆気にとられていた。
すると、審査委員長がすっくと立ち上がって、オホンと咳払いをしてから話し始めた。
「えー……本来のビブリオバトルではチャンプ本を決定した段階で終了なのですが、今回は全国大会である事に加えて、一位の本と二位の本の票数が非常に僅差でありました。このような経緯を踏まえ、今回は特例的に票数二位の本も準チャンプ本として表彰することになりました」
そう言うと、審査委員長は僕の方に振り向いて、柔和な笑みを浮かべた。
「――というわけで。準チャンプ本は君の発表本に決まった。おめでとう高野悟くん!」
その瞬間、会場は拍手と歓声の音で一杯になった。
司会者が準チャンプとなった僕にコメントを求めてくる。
全身を流れる血液が沸騰しているかと思った。それほどの熱が体の内から迸り出るようで、生まれて初めて味わう感覚だった。自分の面白いと思ったものが、他の人にも面白いと思ってもらえた。それも、見渡す限り一杯の、こんなに大勢の人に認めてもらえた。
嬉しさと達成感と緊張とあれこれの気持ちが綯い交ぜになって、顔がくしゃくしゃになりそうになるのを必死に堪え、平静を保ちながら壇上に進んだ。
思い返してみても、あの時、司会者にマイクを手渡されてから何を答えたのか……。
思い出せるのは、やっぱり我慢できなくて結局、うれし涙に目を濡らしながらマイクを握ったことだけだ。
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