マーリアはヤンデレさん?
マストゥは、そんなヴィシャスの耳元でそっとささやく。
「な、ちょっとだけ話を合わせてくれよ」
「別にそのくらいはかまわないんだが……」
ヴィシャスだって小娘じゃないのだから、マストゥの真意がわからないわけではない。
この場を切り抜けるための方便なのだと知っている。
それでも、彼の恋人を演じるという提案は、少し心が浮き立つものだった。
だから、拒否するつもりはさらさらないのだが……。
「この作戦には、すでに矛盾が生じている」
「矛盾なんてないだろ、ちょーっとカノジョのフリしてくれればいいだけだし」
「いや、あれを見ろ」
ヴィシャスが指さす先にはマーリア。
彼女はうつろになった眼を見開いて、ものすごい形相をしていた。
「え、まって……ちょっと待って、おかしくない? バンドの大事なメンバーには『ソウイウコト』はしないって言ったよね……なのに付き合ってるとか、おかしくない? ウソ? ウソなの? マストゥが私に嘘ついたってこと?」
ぶつぶつと口中で自問自答を繰り返す狂気に満ちた声。
感情の読めない空虚な瞳。
加えて、笑うようにゆがめられた口元……。
「そう……ウソなのね、マストゥが嘘をついたのね、この私に!」
間違いない、彼女はヤンデレ属性!
マストゥはそれを見てさえ、のんきに後頭部を掻いただけだった。
「ああ~、やっぱバレるか~」
ヴィシャスのほうは、少し青ざめて。
「ばれるに決まってるだろ! アンタは、けっこう行き当たりばったりだよな!」
「それ、よく言われる」
「ともかく、この作戦は失敗……」
「まだだ、まだ終わらんよ!」
マストゥはヴィシャスのコスに腕を回し、その体を抱き寄せる。
「おい、マーリア、これはな、プラトニックなお付き合いというやつだ」
「プラト……ニック?」
遠い異国の言葉を聞いた時のような、驚嘆の表情が浮かんだ。
「俺にとってヴィシャスは大事なバンドの仲間だ、だから手は出さない。だが、それとは別に、俺は彼女を愛している! そう、精神的にね」
「精神的……愛……」
マーリアの困惑がますます色濃くなる。
すでに言葉さえ怪しい。
「ナニソレ、オイシイノ?」
マストゥはそんなマーリアを横目に、さらに強くヴィシャスを抱く。
「ヴィシャスはお前のように俺を拘束しない」
これにはヴィシャスがドン引きだ。
「束縛じゃなくて?」
「うん、物理的拘束。あとは、ほかの女の子に色目を使ったとか言って、目玉をえぐられかけたりもしたなあ」
「うわあ……」
「だから俺は、ヴィシャスとはお互いを大事にする精神的な愛情で付き合っていこうと、そう決めたのだ!」
マーリアの顔から毒気が消えた。
あまりにも唐突に。
「ああ、そうなんだ」
どうやら理解の限度を超えたゆえの、本能的なクールダウン。
彼女は今までにないほど冷静である。
「まあ、いいわ。今日はそんなことを聞くために来たわけじゃないから」
マーリアは平静な顔で立ち上がり、衣服の乱れを整えた。
それから、コホンと咳払いをして。
「今日、私がここに来たのは……」
その声を遮るように響く、エドゥの声。
「マーリア! マーリアじゃないか!」
彼の手の中には食べかけのベーグル。
今しがたまで、優雅な朝食を楽しんでいたに違いない。
「なんだか騒がしいなと思って見に来たら……なにやってんの、みんなで」
エドゥはニコニコしているが、マーリアの態度が一変した。
「別に、何もやってないし。それより、食べながら歩き回っちゃいけませんって、いつも言ってるでしょう!」
「ああ、ごめんごめん」
「あと、服装! きちんとボタンを留めて、もっときちんとした格好をしなさいよ!」
「う~ん、わかった。これ、ちょっと持ってて」
「はあ? 私に食べかけのものを持たせようとか、ふざけてない? ボタンのほうを直してあげるから、こっちにいらっしゃい!」
ヴィシャスがマストゥの袖を引く。
「なあ、彼女は、なぜ怒っているんだ?」
「あ~、怒ってるんじゃなくて、エドゥに対してはいつもあんなだぜ」
「いつも……なのか」
「そ、いつも」
マストゥはパンパンと手を打ち鳴らし、その場を収めるべく大きな声を出した。
「さて、諸々あるけど、それは後回しにして、まずはマーリアがここに来た理由ってのを聞こうじゃないか、食堂であったかいコーヒーでも飲みながら、さ」
一同は、この言葉に頷いた。
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