求む! ベーシスト!

 さて、マストゥだってベースが奏者を引き寄せるなんて話を信じちゃいない。

 だけどせっかくベースがあるのだから、有効活用しない手はない。


 彼ら一行は手始めに、町の酒場へと乗り込んだ。

 開店前の酒場のショボいステージの上では、一組のバンドが音合わせの最中だ。


 彼らは、酒場に入ってきた一団がかわいらしい女づれであることに色めき立つ。


「ひゅー、お姉ちゃん、かわいいじゃん」


「どう、俺らのバンドに入んない?」


 声をかけられたヴィシャスは少し身を固くして立ち止まる。


「バンドマンの『かわいい』は信じちゃいけない」


「そうだ、ちゃんと覚えていたな」


 ヴィシャスをほめた後で、マストゥは気楽に舞台へと飛び乗った。


「へえ、ギターは『DO-3』……道三か、まあまあだな」


「なんだぁ、てめえは」


「まあまあ、音楽やろうって人間が好戦的じゃいけないなあ、ステイ、ステイ」


 調子のいい言葉に、エドゥがぽそりとつぶやく。


「兄ちゃん、ロックはバイオレンスだって言ってんじゃんか」


「ああ、私を説得するときも暴力上等みたいなことを言っていたな」


「エドゥ、ヴィシャス、ちょっと黙ってろ」


 マストゥだってバカじゃない。

 ここで揉め事を起こしても時間をロスするばかりで、何の身もないことを知っている。


 とりあえずは穏便に、このバンドのベースの実力を知りたいところ。

 引き抜き交渉は後からゆっくりすればいいのだ。


「実はそこの楽器屋でベースをもらったんだが、うちでは試し弾きできる奴がいなくってさ、ちょっと鳴らしてみてくれないか?」


 ベーシストと思しき男が、急にピシッと背筋を伸ばした。


「ま、まさか、ディーコン音楽館の?」


「へえ、あのおやじ、そんなに有名人なのか」


「知らないのか、あの人は女王お抱えのバンド、その名も『女王さま』のベーシストだ!」


「マジか、あの有名な? 俺も音石持ってたよ!」


 しかし、どれほど思い出そうとしても、ベーシストの顔が浮かばない。


「ああ~、ボーカルは思い出せるんだよ、カマっぽくて妙に濃い、あくの強い男だった」


「わかります。ボーカルとギターの陰に隠れて、なんだかベーシストって目立たないんですよね。決して実力がないわけじゃないのに」


「実力があっても目立たない……」


 かつて勇者のパーティーにいたころの自分を思い出して、マストゥは苦笑する。


「あるよね、そういうことって」


「ありますね」


「まあ、うちは実力主義だ。腕さえ良ければガンガン前に出てもいい」


「なんだ、やっぱり引き抜きじゃないですか」


「あ、バレた?」


「まあ、俺の力量じゃ、お眼鏡にかなうかどうかわかりませんけど……」


 彼は恭しく押し頂くようにして、ベースを手に取った。


「まして伝説のベーシスト、ディーコン愛用のマウンテンウェーブなんて……」


 彼が弾いた弦は、キュオンっと軽快に歌った。

 しかし、マストゥは渋い顔だ。


 曲が進めば進むほどに、マストゥの顔つきは険しくなってゆく。

 ベーシストの彼は体を折って熱演中なのだが……。


「もういい」


 彼の演奏を止めたマストゥは、腕を組んで唸りだした。


「悪くはない、悪くはないんだが……なんか違うんだ。こう、軽すぎるっていうの? キュワン、じゃなくて、あの楽器屋のおやじみたいにギュワンって鳴らして欲しいんだ」


「そんなこと言われたって、俺の実力ではこれがやっとですよぉ」


 彼はベースを肩から外し、マストゥに渡した。


「どんなプレイヤーが欲しいのかわかんないスけど、ディーコンさんみたいなプレイヤーは二人といない。彼の音に囚われてたら、永久にベーシストなんか見つかんないですよ」


 そのあと、マストゥたちはいくつかの酒場を回った。

 結局5組のバンドと同じようなやり取りを繰り返したが、マストゥのメガネにかなうベーシストはいなかった。

 ギュワンと鳴らせる良きベーシストを求めて町をさまよう。


 いつの間にか一行は、人気のない裏路地に入り込んでしまっていた。

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