馬車中の蜜談

 理由は明らか。

 マーリアがマストゥにベタベタするからだ。

 エドゥはマーリアに思いを寄せているのだから、面白いわけがない。


 昼も過ぎて宿を発つときに、マーリアは馬車の手前でわざとらしくよろけた。


「きゃああ、転んじゃう~」


 そのままわざとらしく、マストゥの腕の中に倒れこむ。

 一連の動作すべてがわざとらしい。


 それでも、マストゥはマーリアに向かって両手を差し伸べた。


「なにやってんだよ、あぶないなあ」


 目の前に転びそうな人がいれば反射的に手を差し伸べ、これを支える。

 それがマストゥという男の性質だ。


 そして、マーリアはこれを良く心得ている。

 さらによろけるふりをして、たわわな胸元をぐいぐいとマストゥに押し付ける。


「ああん、胸が重くて転んじゃう~」


「わかるわかる、見事だもんな~」


 これを見たヴィシャスは奥歯をかみしめた。


「ぐぎぎ」


 そしてもう一人、エドゥも……。


「ぐぎぎ……」


 エドゥとヴィシャス、二人の悔しそうな視線がふと交わった。


「ぐぎぎ……(あんた、もしかして……)」


「ぐぎぎ……(君こそ、まさか……)」


 お互いの利害が一致したことを、二人は悟った。

 だから、移動の馬車の中で、みんなとは少し離れて座る。


 とはいっても、馬車の中は狭い。

 だから、内緒の話をしようと思ったら、ぴったりと身を寄せ合うしかない。

 声だって、かわるがわる耳元に口を寄せてささやきあうような会話だ。


「あんた、あの女が好きなのか?」


 ヴィシャスが聞けば、エドゥがうなずく。


「そうだよ、悪い?」


「いや、悪くはないが、あれは……」


 ちらりと馬車の後部を見れば、マーリアとマストゥは並んで座っている。

 マーリアは暑苦しいほどマストゥに身を寄せて。

 馬車の振動に合わせて、ゆっさゆっさと揺れる見事な胸元が悩ましい。


「むぎぎ……」


 歯ぎしりするヴィシャスに、エドゥは首をかしげる。


「君は、うちのお兄ちゃんが好きなの?」


 ヴィシャスはしっかり小声で、それを否定した。


「ち、違うぞ。ただ、ほら、ウソとはいえ恋人同士って設定なわけじゃないか、なのに私のことをほったらかしっぱなしで、ほかの女とベタベタするのって、どうなのよっていうアレなのだ」


「ヴィシャスさんってさ……」


「なんだ?」


「ときどき、かわいいよね」


「なっ! それは、口説きか?」


「違うよ。僕はずっとマーリアを見てきたからさ、知ってるんだ」


「なにを?」


「お兄ちゃんのことが好きなんだなあ、って」


「ち、違うと言っているじゃないか!」


「うん、じゃあ、そういうことにしておこう。話が進まないもんね」


 エドゥはコホンと咳払いする。


「さて、まあ、いろんなことは置いといて、作戦会議と行こうか」


「作戦?」


「うん、作戦」


 エドゥがさらに声を落とす。


「まずはね……」

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