もっとも恥ずべきアレ
マストゥの声は途切れがちで、おまけに小さい。
苦しそうな――長く胸に秘めてきた秘密を吐露する人に特有の声だ。
「人間……だ」
「な、なんだって! 本当なのか?」
「ああ、本当だ。確証はないが、確信はある」
「だ、だって、おかしいじゃないか、マーリアは、両親は魔物に食い殺されたのだと言っていたぞ」
「それが汚い人間の策略さ。これを聞いたらお前は……きっと俺たち人間をさげすむだろう」
「いや、蔑まないから、話してみろ」
「いやだ、俺は君に嫌われたくない」
「嫌わないから、約束するから」
会話はグダグダと進まない。
これをとがめるかのようにベヨォォオオンとベースが鳴った。
馬車からひょこっと顔を出したのはキッシーだ。
「ヴィシャスどの、戦争をするには『国民が納得する理由』という者が必要でござる。真の目的は侵略であっても、国民が正義の行いだと信じるような大きなウソを用意するのが常套」
「まさか、その大きなウソって……」
「そう、あたかも魔族が人を食い殺す危険生物であるかのように国民に刷り込む、そのための暗殺部隊が存在するのでござるよ」
かき鳴らされるベースの音も、どこか緊迫しているように聞こえる。
一同が息をのむ中、キッシーは話をつづけた。
「拙者たちは戦場に出ていたが故、その存在を知っている。しかし一般の国民はその存在を決して知らない。人を欺くために手を汚す暗殺部隊、その名も!」
ベオォオオオオオン!
「『人類の恥部』」
あまりに恥ずかしい呼び名。
その名に、ヴィシャスは頬を赤らめ、マストゥはいきり立つ。
「下ネタかよ!」
「下ネタではござらぬよ。恥ずべき部分ということで『恥部』でござる」
そのあとで、キッシーは目を細めた。
別に湯上り姿のヴィシャスを鑑賞しようとしたわけではない。
彼が視線を向けたのは、馬車を取り囲むように茂った森の木立の間。
「どうやら、恥部がお出ましのようでござるよ」
マストゥも気が付いたようだ、森に満ちた殺気に!
「くっ、ヴィシャス、下がってろ!」
何しろ彼女は無防備な薄衣一枚を羽織っただけの姿だ。
動きの派手な戦闘などさせたら、アレやコレやが見えてしまいかねない。
「敵か、私も戦うぞ!」
「いいから、下がってろって」
「しかし、戦いを目の前にして逃げ出すなど、戦士として恥ずべき事なのだ!」
「だぁかぁらぁ~、お前の肌をほかの男に見せたくないんだって……わかれよ」
「へあっ?」
そんな二人を後ろ手にかばうように飛び出した一人の男。
もちろん、キッシーである。
「いちゃつくのは後にしてほしいでござるよ!」
彼はすでにベースを置いて刀を抜いており、臨戦態勢だ。
ニヒルに笑い、挑発の言葉を吐く。
「匂う、匂うでござるよ。普段は人目から隠された恥部の匂いが、ぷんぷんと!」
これに耐えかねたか、賊が動いた。
「黙って聞いていれば、調子にのって……人を下ネタ扱いしやがって!」
森の木々の間、まるで木の葉から溶け出したかのように、ニンジャたちが現れた。
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