七人のドワーフたち登場!

 その洞窟は、この里で最も大きいのだという。

 天井ははるか見上げるほどに高く、広さも十分にある。


 人間よりも小さなドワーフであれば、なおのこと広く感じることだろう。


 ここまで案内してくれたドワーフの老婆は、がらんとただ広い道内を見回して懐かしそうに目を細めた。


「ここは、数年前まで工房として使われていたんだよ」


 なるほど、よく見れば作りかけの楽器があちらこちらに散らばっているし、ところどころに鉄製の燭台が立っている。

 その燭台の一つに火をつけて、老婆はため息を漏らした。


「トラップさんは自分も腕のいい職人だが、経営者としても優秀でね、最盛期にはここに数十人の楽器職人がいたのさ」


 この話に食いついたのは、意外にもマーリアだ。


「ここで楽器を作る、それだけで経営が成り立つものなの?」


「そりゃあ、ドラムの里の楽器といえば、魔族も人間も欲しがる名品だからねえ、だけど職人ってのは欲がないから、自分の楽器を商人に売り込むのが下手だろう? トラップさんがここに職人を集めたのは、そういう商売ベタな職人と楽器商人の折衝を自分が請け負うためなのさね」


 マーリアが形の良いあごをひねりながら唸る。


「なるほど……」


 彼女が養女に入った先は大きな商家だった。

 養い親たちは早くからマーリアの賢さと経営者としての資質に気づいて十分な教育を与え、自分の経営ノウハウを教え込んだのだから、こうした話には目端が効くのだ。


「つまり、『ドラムの里』という呼称のブランド化ね。それから、自分が仲介人となって優秀な職人を保護することによって、流通の正常化を図る。もしもそのトラップさん自身が悪徳じゃない限りは、この里の経済そのものが潤うでしょうね」


「悪徳じゃあないさ、トラップさんは職人に十分すぎるくらいの給料を払ってくれた。だから、いまでも、トラップさんが一日も早く立ち直ってこの工房を再開してくれるようにと、里中の者が思ってるんだよ」


 ここで老婆は、とんでもないことを思いついたようだ。


「そうだ、お嬢さん、あんた、商売に詳しそうだし、トラップさんの後添いにどうかね?」


「ええっ、私?」


「やだねえ、そんなに驚かないでおくれよ、ジョークだよ」


「あ、冗談なのね、あははははは!」


「でもま、良かったら、まじめに考えておくれ」


「冗談じゃないじゃん!」


 エドゥがすっかり慌て切った様子で、老婆とマーリアの間に割り込む。


「だ、ダメだよ、マーリアは、その……」


 もっとも、しっかり者のマーリアが、エドゥの助けなど必要とするわけがないのだ。


「エドゥ、ご婦人は冗談だっておっしゃったでしょう」


「うう……はい」


「おばあさん、トラップさんという方はとても素晴らしい人物かもしれないけれど、再婚相手としてはちょっと考えられないわ。だって、私はドワーフじゃないもの、ドワーフのお嫁さんにはなれないわ」


「あら、若いのにかたいねえ、ま、冗談さ、忘れておくれ」


 そんな話をしているうちに、一行は工房だったという広間を抜けた。

 そこには、一軒の屋敷が建っていた。


 もちろん、広間を抜けた先も洞窟である。

 つまり、洞窟の中に屋敷が建てられているという、なんとも奇妙な光景なのだ。


 見上げるほど高い天井すれすれまで屋根をあげたその屋敷は、小さなドワーフの住居としては明らかに大きすぎる。

 人間に合わせた大きさに作られているのは、買い付けに来た楽器商人たちをもてなすこともあった過去の名残だろう。


 老婆は、その屋敷のドアをたたいた。


「トラップさん、アンタに客人だよ」


 中から顔を出したのは、老婆よりもさらに小さい――マーリアの膝くらいまでしか身長のない、とても小さなドワーフの子供だった。


 ドワーフサイズだということ以外は、孤児院にいる子供と何の違いもない。

 二つに分けた髪の毛を耳の後ろ当りできゅうっと縛った、快活そうな女の子だ。


 その子は実に子供らしく、見知らぬ相手を警戒して不快そうに顔をゆがめている。

 そのくせ口調は横柄に、むしろ図々しく。


「だれ?」


 マーリアは日々、こうした子供の相手をしているベテランだ。

 だから、この子が怖がらないようにと腰を落として視線を低くした。


「こんにちは」


 子供は少しキョトンと目を見張った後で、慌てて頭を下げる。


「こ、こんにちは!」


「ちゃんとご挨拶できるのね、偉いわ」


 ほめられて警戒心が緩んだのだろうか、その子は「えへへ」と恥ずかしそうに体を揺すった。


「別に、偉くなんかないもん」


「いいえ、偉いわ。ご挨拶がきちんとできるっていうのは、とても大切なことよ」


「うへへへ~」


 すっかり安心しきって、そのドワーフの子供は実に無邪気な笑顔を浮かべた。


「それで、お姉ちゃんたちは誰? お父さんなら、お墓だよ」


「お墓?」


「うん、お母さんの」


 老婆があきれたようにため息をつく。


「またかい、まあ、気持ちはわからないでもないが、ね」


 マーリアも呆れて眉根を寄せる。


「奥さんのお墓参りのために、こんな小さな子に一人で留守番を?」


 これには、ドワーフの子供がニカリと笑う。


「一人じゃないよ」


「え?」


「おにいちゃ~ん、おねえちゃ~ん!」


 その声に弾かれたように、屋敷のあちこちで部屋のドアが開く音がした。


「なんだなんだ」


「どした~」


「あ、お客さんじゃん~?」


 屋敷の奥から、吹き抜けになった二階のテラスから、ヒョコヒョコヒョコリとドワーフの子供たちが顔を出す。

 その数、実に六人――目の前にいる子供も合わせれば七人。


 しかし、子供の相手をすることに慣れているマーリアは、特に驚いたりはしない。


「あらあ、元気そうな子たちね」


 ニコニコと笑いながら、屋敷の中を見回した。

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