そして……エドゥの恋は動き出す

 さて、バンドの名前決めは難航した。

 何しろキッシーの歓迎会ということで、すでに全員がしこたま酒を食らった後なのだ。

 

 エドゥなど、ろれつが回っていない。


「バンリョのニャミャエにゃのられられられ……」


「いいから、お前は寝てろ」


 エドゥを押さえつけるページは、真っ赤な顔をしている。


 その隣に座るキッシーは涼しい顔をしているが……。


「失礼、ちょっと厠へ」


 さっきからトイレにばっかり行っているのだから、やはり飲みすぎだ。

 おまけに、立ち上がった足元がよろりと揺れた。


 マストゥの隣にはヴィシャスが。

 彼女はマストゥに体を擦りつけてささやく。


「にゃあん、よっぱらっちゃった~」


 ありがちな誘い文句のように聞こえるが、そうではない。

 酔いでふらつく体を支えようと必死なのだ。


「なんか、揺れる。ここ、すごい揺れてる~」


「あ~あ~、元魔王四天王が形無しじゃないか」


 そう言いながらもマストゥは、彼女が寄りかかりやすいように肩を少し下げてやった。


「まったく、みんな飲みすぎだっつうの」


 そういうマストゥも、いつもより少しばかり飲みすぎている。

 意味もなく高揚する気分を持て余して、彼はテーブルを強くたたいた。


「バンドの名前! 決めるんだろ!」


 ちょうど戻ってきたキッシーが、席に座りなおしながら聞く。


「その、バンドの名前というのは、どういった意向で考えればよいのでござろうかな」


「どんな意向って……そんなん、魂が一番強く惹かれるワードをつければいいんだよ」


「つまり、好きな言葉でござるかな?」


「そうそう」


 エドゥが、むくりと顔をあげた。


「好き……うふふふ、マーリア」


 キッシーは怪訝顔だ。


「まーりあ?」


「ああ、こいつが片思いしている相手さ」


「なるほど、好きな言葉というのは、思い人の名前を指すのでござるか」


 これに、ページが反駁の声をあげる。


「ちっげーよ! そんなんでいいなら、俺は女房の名を推すぜ!」


 基本的に酔っ払いというのは無責任なものである。

 マストゥは酔いに任せて同意した。


「いいんじゃん、愛する相手に歌をささげようってのは、ロックじゃねえか」


 ヴィシャスがグニャリと体を揺すって笑う。


「うふふ、愛する……マストゥ」


 メンバー全員が振り向いた。

 もちろん、名を呼ばれたマストゥも。


 ヴィシャスは、自分が何を言ったのか、さすがに気付いたようだ。

 酒にほてっていた顔が、一気に白くなる。


「ち、ちが……違うぞ!」


 その声があまりにもしっかりはっきりしていたものだから、男たちの酔いも少し醒める。


「違うって、なにが?」


「え~っと……ほら、バンドって、メインボーカル・ウィズなんとか、みたいな名前もあるじゃないか、だから、マストゥをメインに立ててはどうかと思ったんだ」


「つまり、マストゥと愉快な仲間たち的な」


「そう、それだよ!」


「却下、ダサい」


「だ、だよな、ダサいよな、ははは」


 ヴィシャスは空々しく笑って、ふいと顔を背けた。

 額には垂れ流れるほどの冷や汗が浮いているが、酔っ払いどもは気づかない。

 話題はバンドの名前へと戻された。


「なあ、ヴィシャス、お前のところのバンドはどうやって名前を決めたんだ?」


「ああ、私のところは、プロデビューが決まったときにプロデューサーがいくつか候補をくれたんだ。インディース時代は『青空組』という名で活動していたぞ」


「うわ、だっさ!」


「ダサくて悪かったな! あんたのところはどうだったんだ、もとはバンド組んでたんだろ」


「ああ、あの頃はガキだったから、『不協和音律イービル=ブレス』……」


「うっわ、厨二クサっ!」


 こんな調子では、バンドの名前など決まりそうにない。


「あー、今夜はお開きにしてさ、また今度、シラフの時にちゃんと話そうぜ」


 マストゥがそう言いだしたから、酒宴は終わるはずであった。

 かれはそのまま店員に向かって、会計を頼む。


 キッシーは盃に残っていた酒を飲み干した。

 ページは足腰も立たぬほどに酔ったエドゥに肩を貸す。


「さ、帰るぞ」


 しかし、エドゥは強情な子供のように手足をばたつかせてこれを拒んだ。


「やだ、バンドの名前決める!」


「その話は別の日にな、さ、帰ろう」


「やだぁ、バンドの名前はマーリアにするんだもん〜」


「だから、それは別の日に聞いてやるって」


「ねえ、ページ、聞いてよ」


 エドゥは、急に声を落とした。


「マーリアはさ、僕のことなんか好きじゃないんだ」


「へー、そうかそうか」


「彼女が好きなのはさ、僕じゃなくてお兄ちゃんなんだ」


「あー、そうかそうか」


 ページはその話をさらりとながそうとした。

 しかし、耳の良いヴィシャスには、その会話の全てが聞こえていた。


 すうっと一気に酔いが覚めてゆくのを感じて、ヴィシャスは、そこに佇んだまま、動けずにいた。

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