サムライベーシスト、名乗る!
「と言ってもまあ、ミネウチでござるがな」
サムライは涼しい顔で剣を鞘に納める。
その周囲に倒れた五人のニンジャはピクリとも動かない。
「ミネウチって?」
「刀の峰でひっぱたいただけでござる。ゆえに、こ奴ら、死んではござらん」
「ええ、死んで無いの? 本当に?」
もう一度言おう。
五人のニンジャはピクリとも動かない。
「まあ、急所を突いてやったゆえ、すぐには動けぬでござろう」
「ていうか、殺しておいた方がいいんじゃないの? なんかさっきの様子だとさ、あんたのこと、しつこく殺しに来そうじゃない?」
不安そうなヴィシャスに向かって、サムライはからからと笑う。
「さすがは将を務めたおなご! 確かにニンジャは自分の群れから離れた者を『抜け忍』と呼んで地の果ても追い詰めて、制裁を加える習性があるでござるよ」
「その制裁って、もちろん……」
「死をもってあがなうべし、でござる。だけど拙者、ニンジャじゃないからそんなの知らぬでござるも~ん」
なんだかへにゃっと間抜けに笑って、サムライはページが抱えていたベースを手に取った。
「今の拙者はベーシストでござるゆえ、楽器に触れる手を血で汚すわけにはいかぬ」
そう言いながら、ベィィイインと弦を爪弾く。
「楽器が奏でるものは殺戮と悲鳴であってはならぬ、そうでござろう、ベースちゃん」
まるで飼い猫を愛でるように、彼はベースの胴を撫でまわした。
指に触れた弦がかすかに音を立てれば、彼は目を細めて。
「そうかそうか、存分になるが良いでござるよ」
これを見たマストゥが唸る。
「なんか、もしかしてヤバい奴だった?」
ヴィシャスは少し肩をすくめる。
しかし、表情は決して不快を感じているわけではなく。
「いいんじゃないか、ベースの腕は間違いなさそうだし」
「ま、それもそうか」
それにしても気になることが一つ。
マストゥは、サムライに聞く。
「なあ、あんた、俺たちを最初に襲ったとき、わざと間抜けなフリとかしてた?」
「なんのことでござる?」
「ほら、またそうやってとぼける~、さっきのニンジャとの戦いを見てるとさ、あんた、本当は強いんだろ?」
「はてさて? 拙者、ベーシストゆえ、強いの強くないの、さっぱりわからぬでござる」
「あんた、食わせ者だな……」
もしかしたら……本当に『もしかしたら』だが……。
「本当にベースがあんたを引き寄せたのかもな」
当のサムライのほうは涼しい顔でベースを撫でまわしている。
「そういえば、拙者としたことが名乗りを上げ忘れてござるな」
「名乗りって、あの『やあやあ』ってやつか?」
「さよう、しかと聞くがよいでござる!」
ベエエエエエエィンとベースを弾いて、サムライはキメ顔だ。
「やあやあ、遠からん者は音に聞け、近くば寄っても音を聞け、拙者は岸ノ部一郎徳之進!」
「え、名前、長っ!」
「気軽にキッシーと呼んでね、でござる。生まれ生国を出て幾星霜、ここに巡り合いたるバンドのメンバーに迎えられしベーシストなり! バンドの名は……」
ここで、彼ははたと言葉を止める。
「そういえば、バンドの名を、まだ知らぬでござる」
「やべっ、まだ決めてなかったわ」
「つまり、まだ名もなき流浪の楽団と。良きかな、無頼の香りがするでござる」
「いや、ストックウッドに出るのに名無しってわけにもいかないだろう。ま、キッシーの歓迎会ついで、飲みながら相談しよう。それがロックってもんだぜ」
「なるほど、良きかな」
キッシーがベォギュオオオオンとベースを鳴らす。
こうして新しい旅の仲間を加えて、彼らの旅は続くのであった。
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