交渉開始! しかしマーリアは……
何しろ七人も子供たちがいるのだ、屋敷は広くとも、その中は賑やかだ。
「ちょっと、お客さん用のティーカップ、どこにしまったの~?」
「ミィ、お使い行ってきて! ほら、早く!」
「おねえちゃん~、僕のパンツがないよ~」
子供たちは各々自由に走り回り、どの部屋も物が散らかって歩くに不自由だ。
彼らよりはるかに大きい人間が、しかも6人も歩き回っては、いつ、どの子を踏むかわからなくて恐ろしい。
トラップ氏は、人間サイズにあつらえられた応接室のソファに彼らを案内した。
「まあ、夕食の支度ができるまで、こちらでおくつろぎくださいな」
くつろげと言われても、ソファの上には小さな洗濯物が無造作に脱ぎ捨てられていて、まずは、それを隅に寄せるところから始めなくてはならない。
「すいませんねえ、女房が死んでからこっち、片づけにまで手が回らなくって」
トラップ氏はソファーの上のものを床に引きずり下ろし、空いたビロウドの座面を手で指示して微笑んだ。
「さあさあ、どうぞ」
その背後から、長女ドワーフの怒りの声が飛んでくる。
「パパ! またそうやって散らかして!」
トラップ氏は情けなく首をすくめた。
「ち、散らかしたんじゃなくて、お客様の座る場所を作っただけだよ」
「だったら、床じゃなくて、せめてクローゼットの近くとかにまとめてよ!」
「はいはい」
トラップ氏は苦笑い。
ソファに並んで座ったマストゥたちに向かって肩をすくめてみせる。
「口うるさいでしょう? 女房似なんですよ」
だとしたら、おさげ髪のドワーフは父親似だろうか、その子はニコニコと笑いながらマーリアの足元にすり寄った。
「ねえねえ、お姉ちゃん、おっぱい大きいね!」
それから少女は、寂しそうに目を伏せて、愁いの表情を見せた。
「……ママみたい」
そのさみしそうな姿にほだされたマーリアは、小さな少女を掬うように抱き上げる。
少女は嬉しそうに、マーリアのやわらかい胸元へとしがみついた。
「うふふ~、ママみたい」
トラップ氏が、うらやましそうにそれを眺める。
「これ、お客様にうらやま……いや、失礼だろう」
マーリアが少女を抱いたままでにっこりとほほ笑む。
「構いませんよ、私は」
おお、その聖母のごとき優しい笑みよ!
トラップ氏が魂を抜かれたかのようにボヤーっと口を開けた。
「あの……? どうされました?」
「おっと、これは失礼。あまりにもあなたが美しいものだから、つい」
「あら、お上手ですわね、うふふ」
「いやあ、ははは。ところで、あなた方はここへ……ドラムを求めて?」
やっと話が進み始めた。
ここからはマストゥの出番だ。
「そうなんすよ、何しろうちのドラムはパワフルなプレイを得意としてるんで、そんじょそこいらのドラムじゃドラムのほうが彼女のパワーに負けちまう……だから、伝説のドラム職人と呼ばれるあなたのところならば、なんかないかな~と、そう思ったわけですよ」
「いやあ、私の腕を高く買ってくれるのはありがたいんですけどね、私はもう……ドラムは作らないんですよ」
「そこをなんとか、何かひとつぐらい倉庫の隅に残ってたりしないんですか? それでかまわないので」
「あんたねえ、魔楽器をそんな簡単に考えてもらっちゃあ困るよ」
「魔楽器……」
マストゥがゴクリとつばを飲み込む音を立てたのは、その言葉の響きが禍々しかったからじゃない。
先ほどまで温和だったトラップ氏が、急に厳しい職人の表情に変わったからだ。
「ああ、魔楽器っても、べつに魔力を込めたミラクルアイテムってわけじゃない。人間が作った楽器に対して、魔族用に魔族が作った楽器を区別していう言葉なんだ。というのも、人間ってのは、体格によって使う楽器の大きさを調整しなきゃならないことはないだろう? ところが、魔族ってのはちっこいドワーフからでっかいギガンテスまでいるわけだから……」
どうやら話は長くなりそうだ。
マーリアは小さなドワーフの少女を抱いたまま、そっと席を立った。
音楽をやらないマーリアは、バンドのメンバーではない。
つまり、この話には全くの無関係。
それならば小さなドワーフたちの夕食の支度を手伝ってやろうと思ったのである。
ところが、キッチンに入ったマーリアが見たものは……戦場さながらの修羅場であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます