ノーシアター 歌えマーリア!

 キッチンの床には、食材の袋や、調理道具や……年小さい兄弟が持ち込んだおもちゃまでもが雑多に散らばって、まさに足の踏み場もない。

 ドワーフよりもはるかに体の大きなマーリアでさえ、「よいしょ」と声を出して跨がなくてはならないほどなのだから、その散らかりようたるや……。


 おまけに、ただでさえ狭いキッチンになぜか兄弟全員が勢ぞろいしているのだから、さらに手狭なことになっている。

 洗い物が山のように突っ込まれた桶の前では、中ぐらいの兄弟たちがこれを片付けようとうろうろしていた。


 姉ドワーフがこれを叱り飛ばす。


「危ないから、触らないで!」


 別の兄弟は、包丁に手を伸ばそうとしていた。

 姉ドワーフはこれも叱り飛ばす。


「危ないってば! あっちにいって!」


 姉ドワーフの足元では、一番年下の弟が泣いている。

 もう、しっちゃかめっちゃかだ。


 しかしマーリアは動じることなく、ここまで抱いてきた小さなドワーフ少女を足元に下すと、台所の真ん中にすいと歩み出た。

 姉ドワーフが、ことさら大きな声をあげる。


「狭いんだから、大きな体で入ってこないで!」


 この拒絶の言葉さえ、マーリアは涼やかに微笑んでかわす。


「あら、狭くなんかないわ、素敵なキッチンじゃない」


 たしかに、散らかっていることを除けば、立派なかまどを備えた素敵なキッチンだ。

 鍋釜や、調理道具もしっかり取り揃えられており、そのすべてがドワーフサイズなのがかわいらしい。


「お料理の好きなお母さまだったのね」


 マーリアの言葉に、少女の表情がわずかにほころんだ。


「そうね、ママは料理がとっても上手だった……」


 それから、キリリと表情を引き締めて、マーリアをにらみあげる。


「私、ママのお手伝いしてたから、料理できるから。だから、邪魔しないで! あっちに行ってて!」


「別に邪魔はしないわ。お料理を作るのはあなた。だけど、お手伝いぐらいさせて?」


「手伝いとか、いらない。私、ちゃんとできるもん!」


「ちゃんと?」


 マーリアがこれ見よがしに散らかったキッチンを見回すから、ドワーフ娘がわずかに目を伏せる。


「だって、しかたないじゃない……チビたちは好き放題に散らかして回るし、私は料理だけじゃなくて、掃除も、洗濯もしなくちゃならないし……」


 この姉ドワーフが無能なわけではない。

 まだ大人になりきっていないような年だというのに、母親がしていた家事一切を取り仕切らなくてはならないのだから、要領を得ないのも当たり前なのだ。


 おまけに弟妹は、何かというと家事の邪魔をする。

 今だって、食事の支度を始めたとたんに台所に集まってきて、各々が自分勝手に自分のしたいように動き回るのだから、邪魔で仕方ない。


 姉ドワーフは悔し涙を浮かべ、自分の前掛けをきゅっと握りしめた。


「ちゃんと……できるのに……」


 マーリアは、べつに意地悪をするために姉ドワーフを責めたわけではないのだ。

 その証拠に、彼女の顔から優しい笑みが消えたりはしない。


「あら、あなたがちゃんと頑張っているのはわかっているわよ。でも、ほかの子たちもちゃんとしたいんじゃないかしら」


「何をしたいっていうのよ」


「お手伝いよ」


「こんなチビたちが、なんのお手伝いができるっていうのよ」


「あら、適材適所って言葉を知らないの?」


 マーリアは軽く胸を張って、足を肩幅に開いた。

 そして、軽く節をつけて歌いだす。


 ♪ららら、適材適所~


 もちろん、ここにはマストゥはいないのだから、これはシアターの効果ではない。

 つまりマーリアは、まったく素面のまま、いきなりミュージカルを始めてしまったのである。


 ♪誰だって、あるでしょ

 得意なこと、苦手なこと

 あの子の苦手は僕の得意

 僕の苦手はあの子の得意


 はっきり言って、恥ずかしい状況だ。

 しれでもマーリアは揺らぐことなく、美しい歌声を響かせる。

 だから、小さなドワーフの子供たちが、首をすくめて楽しそうに笑い出した。

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