特訓の成果! がんばれエドゥ!

「マーリアを放せぇえええええ!」


 エドゥが馬車の中から飛び出してくる。

 緊張で声は裏返り、こぶしを構えてはいてもへっぴり腰という情けない姿だが。


 しかし、これがニンジャたちの視線を集めるには十分だった。


「マーリア!」


 最初に大きく動いたのはヴィシャス。

 彼女はニンジャに体を当ててマーリアを奪う。


 ヴィシャスはそのままマーリアの体を抱え上げ、逃げ出そうとした。

 しかし、仮にも相手は戦闘のプロであるニンジャ。


「そうはさせん!」


 二人はあっという間に取り囲まれてしまった。


「ヴィシャス! マーリア!」


 マストゥは二人を助けるために飛び出そうとした。

 が、エドゥがそれを押しとどめる。


「お兄ちゃんの音波じゃ、大音量すぎて、マーリアたちまで巻き込んじゃうよ!」


「じゃあ、どうしようっていうんだ!」


「ここは、僕に任せてよ!」


 エドゥはピンと背筋を張って立った。

 だが、初陣の恐怖で、膝がカタカタと震えている。


「だ、大丈夫、あんなに練習したんだから、大丈夫、できるさ」


 覚悟が決まったか、震えていた膝がぴたりと止まった。


「大丈夫、僕はできる」


 すうと大きく呼吸を呑み込んでの第一声。

 それはアルプスの山間に響くこだまを思わせる朗らかなものだった。


「ヨーロレイッヒー」


 マストゥは見た。

 長年聞き親しんできた弟の声が、魔力を含んだツブテと化すのを。


 第一声の「ヨーロレイッヒー」は、ニンジャの一人を弾き飛ばした。


「ぐあっ! なんだ?」


「く、こいつも吟遊詩人だったのか!」


 ニンジャはどうやら、先にエドゥを倒す方が良しと判断したらしい。


「やっちまえ!」


 マーリアとヴィシャスを捨ておいて、四方に跳ぶ。

 その跳躍の中心は、もちろんエドゥだ。


 しかしエドゥは微動だにせず、声高らかに歌い始めた。


「ヨロレロヨロレロヨロレロヨロレロヨーロレイーイッヒー!」


 交互に切り替わる裏声と地声、そのすべてが細かな礫となってニンジャを撃つ!


 高音域は細かな礫となって上からとびかかるニンジャに降り注ぐ。

 低音域は大きな塊となって低くからはい寄るニンジャどもを薙ぎ払う。


 エドゥの歌声は加速する。


「イ~ヤラレヤライェラレヨーロレイッヒー!」


「ぐあっ!」


「がはっ!」


 そしてキメの一音をひときわ高らかに。


「ヨ~~~~~イヤ~~~ヨ~~~~~ロレイッヒ~~~~~!」


 歌声が止んだ時、すべてのニンジャは地に伏せていた。

 細かな礫ではとどめを刺すには至らないが、十分に満身創痍。

 ニンジャたちはうめくばかりで、立ち上がる気配はない。


 ヴィシャスが片手を突き出してガッツポーズを決める。


「やったじゃないか!」


「やったよ、ヴィシャスさん! 僕も戦える!」


「うんうん、あれだけのきびしい特訓に耐えたんだものなあ、偉いぞ!」


 ヴィシャスの大絶賛を受けながら、エドゥはマーリアに駆け寄った。


「大丈夫? いま、ほどいてあげるからね」


 手足の拘束を……そしてさるぐつわを外した途端、マーリアが大声を上げた。


「エドゥ! あなた、何やってるのよ!」


「な、なにって?」


「音楽っていうのは、人を傷つけるためのものじゃないのよ!」


「そ、そんなこと言ったって……おかげで、マーリアを助けられたんだよ?」


「だめ、そんなことのために歌うの、禁止」


 怒りながら視線をあげたマーリアは、深くうつむいたヴィシャスの姿に気づいた。


 ヴィシャスは何かを話そうとしているかのように唇を動かしている。

 だが、言葉が見つからないのか、それが声になることはなかった。


 マーリアは思う。


(そうか、私の両親を殺したのは、魔族じゃなかったのね)


 だとしたら、今まで魔族に対して抱いてきた怒りや、憎しみは何だったのだろう。

 だからといって、すぐに心の整理がつくわけはない。

 何しろ今日まで、それほど長く、深く、魔族を憎んできてしまったのだから。


「ヴィシャスちゃん……」


 その名は呼んだものの、マーリアもやはり、言葉など持ち合わせてはいなかった。

 形の良い唇が、戸惑いを含んで揺れるばかりだ。


「あの……」


「マーリアさん……」


「えっと……」


 そんな二人の間に、マストゥが割り込んだ。


「いやいやいや、これで、ドラムの里に行く理由ができたな!」


 マーリアは戸惑う。


「魔族のところへ?」


「そこで、魔族ってのが本当はどういうモンなのか、自分の目で確かめるといいさ」


「そう……そうね……」


 マーリアがりりしく顔をあげた。


「行きましょう、ドラムの里へ!」


 彼女の声は、抜けるほど深い青空へと響いた。

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