父ドワーフの悩み
夕食の時間になって、食堂に入ってきた父ドワーフは、妻が死んでから久しく見ていなかったタイル張りの床が見えることに驚いて、大きな声をあげた。
「すごい! 片付いてる!」
ちょうど料理を運んできたマーリアが、笑いながら言う。
「子供たちが、ずいぶんと頑張ってくれたんですよ」
「へえ! 私が何か言っても、ちっとも片づけなかったのに! 子供を扱うのがうまいんですね」
賢いマーリアは、この言葉を肯定しない。
この場で褒められるべきは子供たちの努力だということを心得ているのだ。
だから彼女は、シチューの入った大鍋を軽く掲げて見せた。
「これ、ドォちゃんが作ったんですよ」
しかし、マーリアを口説くことに夢中なドワーフおやじには、この言葉は聞こえなかったらしい。
「いやあ、子供たちもなついているみたいだし、どうです? ずっとここにいてくれませんか?」
マーリアの肩が揺れ、首ががくんと垂れた。
そのまま、恨めしそうな上目遣いでトラップ氏をにらみつける。
病みモードだ!
「きょおのおおおお、ごはんはあああああ、どぉおおおおおおおおおちゃんがあ、つくったんですうううううううううう」
さすがのトラップ氏もこれには震え上がり、ひどく良い声で返事をする。
「は、はい!」
「よおおおおく、感謝してえええええ、召し上がれええええええええ!」
「はいいいいいいい!」
これでマーリアの気は済んだらしい。
彼女は元通りの明るい笑顔になって、配膳を始める。
いっぽう、トラップ氏とともに食堂に入ってきたマストゥたちは、誰もが浮かない顔をしている。
どうやらドラムを作ってもらう交渉はうまくいかなかったようだ。
特にエドゥなんかは、マーリアが口説かれていることもあって機嫌が悪い。
彼にしては口悪く、「なんだい」と吐き捨てるように言ってから席に着いた。
これに真っ先に気づいたのは、食器の乗った台車を押して入ってきたドォだ。
彼女は人間用の大きな皿を、まずはエドゥの前に置いた。
「どうしたの?」
ドワーフ少女が優しく聞くが、エドゥの声から不機嫌の色は消えない。
「いや、君のお父さん、頑固だね。手元にちょうどいいドラムはない、かといってヴィシャスの体格に合わせたドラムを作るのは嫌だと……もう、こっちの話なんかわざとみたいに否定してきてさ!」
ドォがすっと視線をあげて、自分の父親をにらんだ。
それから、小さな唇を、わずかに開いて小さな小さな声で。
「嘘つき」
その声はあまりにも小さくて、エドゥの耳にしか届かない。
さらに、エドゥがこの言葉の意味を問いただす隙すらなく、ドォはするりと父親の隣へ移動する。
「ねえ、パパ、たまには仕事したら?」
突然の言葉に、トラップ氏はひどく狼狽した。
「いや、いやいや、貯蓄はまだ十分にあるし、それに私は、お前たちの面倒を見るのに忙しくて、ドラムなんか作っている暇がないんだよ」
「あら、それならば、心配いらないわ。マーリアさんがいるもの」
いきなり名を呼ばれたマーリアは、驚いて顔をあげる。
しかし、少女の目に強い意志の光を見て取って、口をつぐんだ。
少女は続ける。
「私も家事のやり方を習いたいし、マーリアさんにはしばらくここにいてもらおうと思うの。そうしたら、チビたちの世話はマーリアさんにお願いして、パパはドラムづくりに専念できるでしょ」
「ううむ、しかし、な」
「マーリアさんがいたほうが、パパもいろいろと都合がいいんじゃないの?」
トラップ氏はハッとしたように顔をあげてマーリアを――主にマーリアの胸を見た。
「そうか、それは確かに……うん」
何度も深く頷いた後で、トラップ氏はマーリアの顔を見上げた。
「……ということで、しばらく子供たちの世話をお願いできませんかねえ」
マーリアはためらうことすらなく、にっこりと笑った。
「そのくらい、お安い御用ですわ」
こうして、マーリアたちはトラップ一家のもとにしばらく逗留する運びとなったのである。
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