プロジェクトドワーフ ~オーダーメイドドラム~

「あんたたちの望むドラムが出来上がるとは限らないぞ」


 トラップ氏が最初にしたのは、ヴィシャスの体格を細かに計測することだった。


「魔族ってのは体の大きさだけじゃない。手だけが異常に長い種族や、体が異常に細いやつだっている。だから、本格的なプレイをしようと思ったら、楽器ってのはどうしたってオーダーメイドになる」


 当たり前だ。一番一般的である人型魔族に合わせた大量生産の楽器では、例えばビッグフットなど、足元のドラムごと踏み抜きかねない。


 それでも、ヴィシャスの体を好色そうな小人の親父が触れて回る、そのことにマストゥは難色を示した。


「それにしたってさ、目算でいいじゃねえか、目算で」


「そうはいかない。魔楽器は繊細なものだ。どの大きさでフレームを作っても同じ音が出るように、細かな調整が必要になる」


 それは然り。

 小人タイプの魔族に合わせて単純に小さな楽器を作っては、小太鼓を叩くようなテトテトした音しか出ないだろうし、逆に巨人タイプに大きいだけのドラムセットを作っても、大太鼓のみで演奏するような眠たい音しか出ないだろう。


「なるほどな」


 渋々ながらもマストゥはうなづいた。

 もちろんトラップ氏の説明に納得したという部分もあるが、なにより、それを語る彼がすっかり『職人の顔』になっていたからだ。


 誰のいうことも聞く気はない、と言いたげな強い瞳が、マストゥを射抜いた。


「あんたは、俺にドラムを作らせたいんだろう? だったら、黙って見てな」


 彼は作業台の上に大きな紙を広げ、図面を引き始める。

 その手元をのぞき込んで、マストゥは感心したように唸る。


「う~む、なんだかわからないが、すごいな」


 トラップ氏は小さな体で大きな紙の周りをちょろちょろと走り回り、次々と図形を描きこんでゆく。

 その進路の先にマストゥが立っているのを見て、彼は不快そうに眉をひそめた。


「邪魔なんだが?」


「あ、ああ」


「そうじゃない、あんたたちがここにいると気が散っていけない、出て行ってくれ」


 今までの人当たりの良さはどこへやら、どうやら職人としてのトラップ氏は相当気難しいようだ。


「必要になったら声かけるから、あんたたちは茶でも飲んでてくれ」


 厳しい言葉で部屋を追い出されて、マストゥたちはドアの前に立ち尽くした。


「茶っていったって……」


 ドラムなんて大きな楽器が、そんなホイ、ハイと出来上がるとは思えない。

 ずっとお茶を飲んで待っているわけにもいかないだろう。


 困り切っている一同の前を、マーリアとドォが通りかかった。

 二人とも洗いあがった洗濯物を入れた籠を持っている。


「あら、どうしたの?」


 マーリアは不思議そうだが、ドォの方は自分の父親の性質を心得ているのだろう。


「はは~ん、作業の邪魔だからって、パパに追い出されたんでしょ」


 彼女は少し鼻先をあげて続けた。


「まあ、職人モードの時のパパは真剣だからね、邪魔しないであげてちょうだい」


 マストゥはますます困って尋ねる。


「邪魔はしないけどさ、待ってる間、俺たちは何をすればいい?」


「うちに来るお客さんは商人さんだから、こういう空いた時間にほかの楽器の買い付けに回っていたけれど?」


「俺たちは商人じゃない、バンドマンだ」


「それもそうね……」


 ドォは少しだけ考えて、それから肩をすくめる。


「わかったわ、暇つぶしに村を案内してあげる。洗濯を干す間だけ待ってちょうだい」


 彼女は籠をぎゅっと抱えなおして、マーリアを見上げた。


「あなたも来るのよ、パパと二人きりになんてさせないんだから!」


「はいはい」


 こうして一行は、ドォに先導されて村を見学して歩くこととなったのだ。

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