レベル99の吟遊詩人がパーティーをクビになったがテンプレートに収まらないのでまずは(作者が)○ろうから逃げてみた

矢田川怪狸

クビから始まるミュージカル

「マストゥ、おまえクビ」


 勇者サマ直々のありがたいお言葉がこれである。


 納得はいかない……が、勇者様の決定は絶対だ。

 俺はすぐに荷物をまとめた。

 仲間への挨拶もそこそこに宿を飛び出す。


「あんなレベルの低いパーティー、こっちから願い下げだっつーの」


 強がりの言葉を吐いても答えてくれる者はいない一人旅。

 吹きすぎる風が妙に冷たく思える。


 俺がついさっきまでいたパーティーは、本当に弱いわけじゃない。

 勇者様を筆頭に魔導士、賢者、武闘家、そして後衛のかなめである弓兵。

 必要なスキルはすべてそろっているし、全員が60レベルを超える上級冒険者だ。


 だが、この俺は……その中でも群を抜いてレベルが高い。

 現在の俺のレベルは99である。


 だからして最強であるはず!

 ……にもかかわらず、あのパーティは俺の強さを見抜けなかったようだ。

 まあ、ジョブを見れば強いとは思われないのも……まあ。


 俺は吟遊詩人だ。

 戦いの時には最後衛にいるアレ。


 レベルが低い吟遊詩人であれば体力値も低い。

 攻撃力もさして強くはない。


 それでもレベル99まで鍛えられた俺は違う。


 まず体力だが、ライブツアーにも耐えられるように鍛えこんである。

 スタミナならば勇者にも負けない。


 攻撃のほうも多彩。

 物理的ダメージを与えるデスボイス。

 精神的ダメージを与えるバラード。

 音で切り裂く民謡。

 この世のすべての音波攻撃を身に着けているのだ。


 さらには、ちょっと特殊な『家伝スキル』なんてのもあって……。

 俺はそのスキルを発動し、ため息に適当なメロディーをつけて歌いだした。


♪んんん~、オーいえぇぇ~い


 近くを歩いていた通行人が、突然振り返って歌いだす。


♪どうした、いったいどうした~


 これが俺の家伝スキル、その名も『シアター』。

 俺の音波――つまり歌声が届く距離にのみ効果を及ぼす。

 見ての通り、周りをミュージカル空間に変える能力だ。


 俺はスイングを効かせてリズミカルに歌う。


♪これから俺はどうすりゃいい~


 通行人たちが足を止め、ザッと一列に並んだ。

 重なる声が生み出す美しいハーモニー。


♪取り戻すのさ 自分の歌を~

 おーおーおー、カモン!


 ざっ、ざっとステップの音を響かせて、一糸乱れぬダンスが始まる。


♪勇者たちは言った、お前の仕事は音波攻撃~


♪そう、俺の仕事は音波攻撃!


♪そして奪われた、『歌』を~


♪来る日も来る日も音波攻撃!


 突然、踊りの輪の中からガタイの良いあんちゃんが歩み出た。

 そいつはチャカツクチャカツクと体をゆすってリズムをとる。

 そして始まるラップ・ミュージック。


♪そして忘れた歌

 決して消せない歌

 思い出せ 灯りだせ

 お前だけの歌ぁ


「そうだ、俺だけの歌を取り戻すんだ!」


 俺が叫ぶと、シアターは解けて町は元通りになった。

 すなわち通行人は歩き出し、誰も俺になんか目も止めない。


 俺は気にせず、少し強い口調で自分に言い聞かせた。


「それにはまず、あいつに会わなくちゃいけない!」


 そうして俺は、町から出るために歩き出したのだった。



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