恋を探し(?)に森の中へ
その後、夕食の時間になっても、マストゥは戻ってこなかった。
「私ちょっと、探してくるわね」
最初に腰を浮かせたのはマーリアだった。
だが、キッシーがこれを呼び止める。
「あいや待たれよ、すでに日も落ちておなご一人で森の中に入るのは危険でござる。ここは、ヴィシャスどのに行ってもらおうでござるよ」
「あら、ヴィシャスさんだって女性じゃないの」
「ヴィシャスどのは、ちょっとした武術の心得があるゆえ、心配ござらぬよ」
マストゥが絡まない時のマーリアは、優しい女性だ。
ヴィシャスを一人で森の中へ行かせることを、純粋に危ぶんだ。
「エドゥ、あなた、ちょっと行ってきなさいよ」
「おーっと、ダメでござる。エドゥ殿は食事当番ゆえ、ここにいてもらわねば」
「じゃあ、ページ?」
「あ~、彼はウンコタイムなんじゃないかな~でござるよ」
キッシーの目くばせに気づいたページは、心得たとばかりに腹を押さえる。
「あ~、これはもう、やばいわ。ぎゅるぎゅる言ってる!」
「汚いわねえ、そこらで早く済ませてらっしゃいよ」
「へいへい」
マーリアはまだ少し心配そうに、ヴィシャスの袖を引いた。
「だいじょうぶ? 私もついていく?」
こういう時のマーリアは、本当に聖母であるかのように美しい。
筆で描いたような形良い眉が不安げに震える。
口元も愁いを帯びてきゅっと引き結ばれ……。
それは、同性であるヴィシャスさえ見とれるほどの慈愛に満ちた表情だった。
そんなマーリアを安心させようと、ヴィシャスは明るい声を出す。
「大丈夫だ、私の一番得意な戦法は、『三十六計逃げるにしかず』だからな」
そういうわけでヴィシャスは、たった一人でマストゥを探しに行くことになった。
低く差し込む夕日は木々の間を茜色に染めて明るい。
しかし、じきに夕闇がこの茜色の光にとって代わることだろう。
ヴィシャスが魔族で、人間より夜目が効くとはいっても、限度というものがある。
グズグズしてはいられない。
彼女は森に入るとすぐ、帽子を取った。
角が淡く光る。
「人探しの魔法は得意じゃないんだがな……」
それでも、戦場で何度もあいまみえた懐かしい気配。
あまつさえ私闘を申し込むために追い続けた気配。
そして今、存在を感じるだけで切なくなる……恋しい気配。
「こっちだな」
ヴィシャスは迷うことなく、森の奥へと進んでいった。
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