ここに来て、衝撃の事実が発覚!?

 朝は軽くランニング、昼はボイトレ、そして夜はナンシーによる指導。

 これがエドゥの一日のトレーニングメニューだ。


 このすべてに、ヴィシャスが付き添う。

 いきおい、ヴィシャスとエディが二人で過ごす時間は長くなる。


 二日もすると、マストゥがこの状態にイライラし始めた。


「あの二人、引っ付きすぎじゃないか?」


 マストゥに腕を絡めたマーリアは、うっとりした様子で答える。


「そう? 仲良きことは美しきかなってやつじゃない?」


「そんな生ぬるいもんじゃないだろ、四六時中べたべたべたべたと……暑っ苦しい!」


「変なマストゥ、何を怒っているの?」


「いや、怒ってはいないけど……」


 マストゥはふと、逆隣りに座ったサムライに言葉を投げた。


「もっとこう……さ、エドゥのやつが頑張っちゃってもいいと思わないか?」


「なるほど、これは策略でござったか」


 キッシーは抱えていたベースをベィンンンンとかき鳴らす。


「嫉妬は~♪ 恋の着火剤~♪」


「変な歌うたうなよ」



 しかし、キッシーの言うことはおおよそ正解である。

 マストゥがマーリアのベタベタを突き放さないのは、エドゥの恋心をあおる策略なのだ。


「このくらい仲良くしてればさあ、『それは俺の女だ!』って、あいつが乱入して来るタイミングじゃないの、これ?」


「マストゥどの、それは女性向け恋愛小説の読み過ぎでござる」


 そっけなく答えながらも、キッシーは腹の底でこれを楽しんでいる。

 何しろ弟の嫉妬心をあおってやろうとした兄が、逆に嫉妬して翻弄されているのだ。

 しかも無自覚。


「拙者、己が仕掛けた恋の罠に落ち込んで、無自覚だった恋心を自覚させられてゆく過程が大好き侍……」


「あ?」


「いえいえ、何でもござらぬよ」


 しかし、このやり取りに、マーリアは不振を抱いたようだ。

 ゆさっと胸を揺らして身を乗り出す。


「なになに、なんの話?」


 マストゥが、これを慌てて押し返した。


「戦略シミュレーションだよ! ほら、俺たちって、いちおう、戦場にいたわけじゃん?」


 こういう時、話を合わせてくれるのがキッシーの賢いところ。


「さよう、マストゥ殿の立てた戦略がいかに脆弱か、それを検討していたのでござる」


「脆弱じゃないだろう、王道だろう」


「王道ならば、ここで逆転の一手というものが打たれてしかるべき。例えばお主の

『シアター』とやらいう術、それを使えば、この状況を変えることができるのではござらぬか?」


「あ~、あれは……そういう効果はねえよ」


 シアターはあくまでも一時的にミュージカル空間を生み出すだけのもの。

 人の心までを変えてしまうような術ではないのだ。


 キッシーがベースを軽くつま弾く。

 それは呆れきったため息の音を思わせた。


「その術、ニンジャとの戦いのときも通用しなかったようでござるし……」


 さらにベンベンとベースが鳴る。


「もしかして、役立たず?」


 マストゥはこの言葉に憤慨する。


「そんなことないし! シアターが効かなくったって、俺には音波攻撃があるし! それに、レベル99だし!」


 今度はマーリアが、やや強い声で言った。


「ダメ」


「何がダメなんだよ」


「戦うために歌うのはダメ。あなたの歌は、そんなことのためにあるんじゃないでしょ」


「じゃあ、俺の歌は何のためにあるんだよ!」


 マストゥは勢いよく立ち上がり、二人をにらみ下ろした。


「俺は……俺は……」


 きっと唇をかみ、その隙間から苦しそうに声を漏らす。

 小さな小さな、誰にも聞こえないほど小さな声だった。


「……役立たずじゃ、ない」


 それから、くるりと踵を返して森へ駆け込む。


「うわああああああ!」


 後に残された二人は、彼が残した叫び声に打たれて、ただ、その背中を見送ったのだった。

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