役立たずでも愛しいお方♡

 マストゥは大きな木の根元にうずくまっていた。

 山座りの膝を強く抱え込んで、明らかにいじけた様子だ。


 なんだか話しかけにくくて、ヴィシャスは無言で彼の隣に腰を下ろした。

 先に口を開いたのは……マストゥの方だ。


「なあ、ヴィシャスも、本当は俺のこと、役立たずだと思ってるのか?」


 ヴィシャスはわざとそっけなく返す。


「誰かに言われたのか?」


「うん、まあ……言われた」


「気にしないことだな。少なくとも私は、君を役立たずだと思ったことなど、一度もない」


「下手な慰めはいらないよ。勇者からクビを言い渡されたあの時に、うすうす気づいたことなんだ」


 いくらレベル99に到達しても、吟遊詩人の攻撃力などたかが知れている。

 戦闘の専門家である武道家や剣士には、もちろん遠く及ばない。


 魔法にしても、専門家であるソーサラーや白魔術師のように手数が多いわけではない。

 魔力値だって、『一般人よりは、ちょっとあるかな~』程度のものである。


 つまり、戦闘時に役立つ突出した能力というものがない。


「役立たず、ゆえにクビにされた。つまり、そういうことだろ」


 マストゥは自嘲の笑みに顔をゆがめる。

 だが、ヴィシャスはクスリとも笑わなかった。


「君が本当に役立たずなら、私は君を追いかけて私闘を申し込んだりしない」


「そう、それが不思議なんだよな。実際お前はさ、何でおれを追いかけてきたの?」


「君の努力を知っているからだ」


 吟遊詩人という職は……いや、魔法職すべてにいえることだが、レベルアップが難しい。

 基礎体力がないのだから、戦闘を数こなして経験値を稼ぐということができない。


「力押しの戦士や勇者ならいざ知らず、君が吟遊詩人でありながら、レベル99まで極めているということに、私はひどく感心した」


 ヴィシャスの瞳は揺らぐことなく、マストゥに向けられている。


「基礎体力も、戦闘力も他より劣るということは、逆に戦局を見る力に長けているということだ。自分の体力が尽きぬうちに深追いせず撤退できる潔さと、ここ一番の大勝負には命のギリギリまでを賭けることのできる大胆さと……君は、その二つを持ち合わせていた」


「だからって、役立たずには違いないだろ」


「そんなことはないぞ。あの勇者はゴリ押し戦法しか知らぬ無能であったから、繊細な戦略など立てられなかった。あのパーティが魔王軍と互角に戦えたのは優れた軍師がいたから……つまり、君がいたからなのだよ」


「だったら、どうしてクビになんかなるんだよ!」


「君が優秀だったからだよ。的確な指示を出し、最後衛まで気を配る君と、体力ゴリ押し前進あるのみの自分と、どちらがパーティ内での信頼が厚いのか、気づいてしまったんだろうね」


 ヴィシャスは、実に魔族的なうっすらと冷たい笑いを浮かべた。


「私は、あの勇者の最期を知っている。君がいたら早々に撤退を決めるような戦いに、力押しで勝負を仕掛けたのが、彼の敗因だ」


「つまり……」


「君は役立たずどころか……」


 ヴィシャスはふいに立ち上がり、澄んだ声で歌った。


 ♪勇なりし賢き男~

 弱さの蓑をかぶった知略の戦士~


 もちろん、シアターなど発動していない。

 だからヴィシャスは顔を赤らめて歌をやめた。


「素だと死ぬほど恥ずかしいな、これ」


 マストゥが少しだけ笑う。

 さっきとは違う、邪気のない笑いだ。


「なにやってんだよ、恥ずかしいなあ」


「いや、君に笑ってもらいたくてな」


「じゃあ、成功だな。少し笑っちまった」


 鬱気が抜けたか、マストゥがひょいと立ち上がる。

 ヴィシャスと肩を並べた彼は、恥ずかしそうに眼を伏せた。


「その……ありがとうな、ヴィシャス」


「礼を言われることなど何もない。私は思っている通りのことを言ったまでだ」


「そうじゃなくてさ、あの戦場で、俺を見てくれている奴がいたんだな……って」


「あ? ああ!」


 ヴィシャスは、ものすごく恥ずかしいことを言ってしまったような気分になった。

 だから大げさに両手を振って否定する。


「違うぞ、見ているといっても、そんなに熱い想いで見ていたわけではなく……そう、私以外のやつに倒されないように見守っていたっつうか……ほら、自分の獲物を見守る肉食の獣の気分的なアレだ!」


「なんでいきなり饒舌になってるんだよ」


 ヴィシャスの鼻先を、マストゥが軽くつまんだ。

 それから、赤面した顔をふいとそらす。


「ま……それだけじゃない。いろいろと……ありがとうな」


「うん……」


 日はすでに落ち、夕闇が迫りつつある。

 この森の中にも。

 寄り添う二人の姿を世界から隠そうとするかのように夕闇は優しい。

 世界は夜色に染められようとしていた。

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