目指せ! ドラムの里!

 とはいっても、二人の関係が何か変化するということはない。

 マストゥは相変わらずマーリアに追いかけまわされている。

 ヴィシャスのほうはエドゥの特訓に付き合う毎日。


 それでも馬車は、確実にストックウッドに向かいつつあった。


 そんなある日のことである。

 突然、マストゥが言った。


「ストックウッドにつく前に、寄っておくところがある」


 彼が言うには、それは『ドラムの里』と呼ばれる隠れ里なのだと。


「そこに行けば、ドラム作りの名人がゴロゴロいる。そして、俺たちのバンドには、ドラマーはいてもドラムはない! となったら、行くしかないでしょ」


 マーリアが「はふん」と笑いをこぼす。


「マストゥ、それ、昔読んだおとぎ話じゃないの」


「いいや、それが、実際にあるんだよ。俺たちミュージシャンの間じゃ有名な話だ」


「どこにあるっていうのよ」


「ここから山奥に向かって半日ほど進んだところにある」


「うそよ、そんなところに人が住んでるなんて、聞いたことないわよ」


「それはそうさ、住んでいるのは『人』じゃないからな」


「人じゃないって……まさか……」


「ああ、ドワーフだ」


 マーリアが、「キー!」と悲鳴に似た声を上げる。


「マストゥ、あなた、自分が何を言っているのかわかっているの?」


 しかし、他のメンバーは誰もが納得顔だ。


「なるほど、確かによいドラムが手に入るというのは、魅力でござる」


「だけどさ、里への道がわからないから、伝説なんだろ?」


「あ、知ってる! 真のミュージシャンにのみ開かれる道があるんだよね!」


 マーリアだけがキャンキャンと子犬が吠え立てるような声で騒ぐ。


「反対! 絶対反対! わかってるの? ドワーフって、魔族じゃないのよ!」


 マストゥは動じもしない。


「そうだよ?」


「魔族なんて、バケモノよ? バケモノの巣に自ら乗り込もうなんて、正気?」


「あのなあ、魔族はお前が思うほどバケモノじゃないぞ」


「うそ! あいつら、人間を食べるんでしょ! そんなの、バケモノ以外の何者でもないじゃない!」


「あのなあ、それこそおとぎ話だ」


「おとぎ話じゃないもの! 元に、私のお父さんとお母さんは……」


「ああ……」


「ともかく! 魔族なんてバケモノのところに行くのは反対! あなたもそうでしよ、ヴィシャスちゃん?」


 いきなり話の流れを振られて、ヴィシャスはうろたえた。

 しかし、彼女は場の雰囲気を読む女でもある。

 だからこそ、その言葉はマーリアを否定したりはしない。


「そ、そうだな、魔族に会いに行くのは、リスクが大きいな」


「でしょ、でしょでしょー、か弱い女性がいるのに、魔族の住処に行こうなんて、正気じゃないわよね〜」


「ま、まったくだ。私たちはか弱い女性だもん……ね?」


「そうよー、ヴィシャスちゃんはか弱い女性〜」


 親愛の印と言わんばかりに、マーリアはヴィシャスの体に腕を絡める。


「こーんな可愛い女性を怖い目に合わせようとか、マストゥ、酷くない?」


「おい、聞け、マーリア」


「いやよ。聞かない。魔族の里になんて行かない。そうでしょ、ヴィシャスちゃん?」


「えーと……」


「行きたければ、男だけで行けば? で、ドワーフに頭からガリガリ食べられてしまえばいいじゃない!」


 マーリアはヴィシャスの腕を引く。


「行こう、ヴィシャスちゃん」


「あ、いや、しかし……」


「このあたりに、温泉があるんだって、背中流してあげる」


「いや、私は……」


 問答無用、マーリアはヴィシャスを手放さない。

 ヴィシャスは、彼女に引かれるまま、その場を離れた。

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