百合の花咲く露天風呂!

「ふう、いいお湯……」


 大きな白い胸が湯船に浮いている。

 ヴィシャスはそれをじーっと眺めていた。


 岩間からあふれる熱湯と川の清流が絶妙にまじりあうここは、実に加減の良い温湯。

 しかし、揺らぎのままにぷかぷかと遊ぶマーリアの胸元は、見ているだけでのぼせそうだ。


 ましてやヴィシャスは、湯の中とはいえ、角隠し用の帽子を手放せない身。

 マーリアは、そんなヴィシャスを心配して声をかけた。


「ねえ、帽子、脱いだら?」


「むう~、そういうわけにはいかぬのだ」


「そうか、おばあちゃんの遺言だっけ」


 取り繕いのためについた小さなウソを、ちゃんと覚えてくれている。

 ヴィシャスは、マーリアのこうした素直さが好きだ。


 マストゥにやたらベタベタするのは、ちょっとどうかと思うが。

 あと、時々病みモードに入るアレも……。

 しかし、そうした性格的欠点をもってさえ、マーリアは十分に魅力的な女性なのだ。


 だからヴィシャスは、マーリアと友人になりたいと常々、思っていた。

 男抜きで女同士、湯船につかった今こそが、そのチャンスだ。


 ヴィシャスは話題を探して無口になりがちだ。

 マーリアがこれほどあけすけな性格でなければ、会話など成立しなかっただろう。

 彼女は、黙ってうつむいたヴィシャスをからかうように、湯の表面を掻いた。


「ふふっ、ヴィシャスちゃんって、きれいな胸してるわよね」


「そ、そんな、マーリアさんみたいに大きくないし……」


「あら、胸の大きさが女の価値じゃないでしょ」


「そう……なんだけど……」


 湯の中に揺れるマーリアの体は白い。

 腰回りは、ふとした瞬間に湯に溶けそうなほど華奢。

 むっちりとした太もももなまめかしく……。


 ともかく、どこを見ても肉感的で美しいのだ。


「私、どこもかしこも日焼けして、痩せっぽっちだし……」


「やせっぽちじゃないわ、スレンダーっていうのよ。引き締まってて、うらやましいわ」


「そ、そう?」


「ねえ、ちょっとだけ触ってもいい?」


「だ、ダメだ! は、恥ずかしい……」


「うふふ、ヴィシャスちゃんって、本当にかわいい」


 マーリアがふと顔をあげる。


「ねえ、マストゥとはどこで出会ったの?」


「う、う……」


 ヴィシャスは返答に窮する。

 うっかりしたことを言えば、さらに深く詮索されそうだ。


「い、いろいろあって……」


「いろいろって?」


「あ、あ~、そうだ、さっき、ドワーフに食べられるって言ってたが、魔族は人間を食べないぞ」


 ヴィシャスとしては、軽く話題を変えようとしただけだ。

 しかし、この言葉は、間違いだったのかもしれない。

 マーリアがわずかに唇をかみしめてつぶやいた。


「食べるわよ」


 ぼそっとつぶやくような低い声音と、闇をたたえたうつろな瞳。

 病みモードだ。


「私の両親は、魔族に食い殺されたんだもの」


「そんな、そんなはずは……」


 ない、と断言できる。

 魔族は知性を有するが故、同じように知性を持つ人間を食らうようなことはしない。

 そんなことをするのは獣の行いだと、忌み嫌ってまでいるのだ。


 しかし、今のマーリアにそんなことを言っても、聞く耳さえ持たないだろう。

 ヴィシャスは静かな声でマーリアにささやきかけた。


「マーリアさん、落ち着いて、ね」


「大丈夫、落ち着いているわ」


「じゃあ、ゆっくりでいいから聞かせて。あなたのご両親を食い殺した魔族は、どんな姿だった?」


「とても大きくて、真っ黒な布をかぶっていたから、姿はわからない」


「そうか」


「本当よ、本当に食い殺されたのよ。その場面を見たわけじゃないけど、お父さんも、お母さんも、連れていかれて……体中を引き裂かれた死体になって……私……」


「わかってる、君は嘘なんかついていない」


 ヴィシャスは力強く頷いて見せた。

 マーリアの顔に、安堵が浮かんだ。


「信じてくれるのね」


「うん、君のことは、信じる」


 ヴィシャスはザバッと音を立てて湯の中から立ち上がる。


「さて、そろそろ上がろう、私は少しのぼせてきた」


「ええ~、まだ背中の流しっこしてないじゃない」


「それはまた今度。ちょっと、早急に調べたいこともできたからね」


 マーリアが不安にならぬようにと、ヴィシャスは、わざと明るく笑って見せた。

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