伝説のガールズバンド 一夜限りの復活

 すでに夜も更けて、酒場に残っている客は少なかった。

 どいつもこいつもが早い時間から安酒をかっくらって閉店まで居座る常連客だ。


 これは俺たちにとって都合が良い。

 魔族だということがバレないように、ヴィシャスは角を隠す帽子をかぶっている。

 これなら外見は普通の美人なのだから、酩酊したおやじたちは大歓迎で迎え入れてくれた。


 それに、ライブにハプニングはつきもの。

 もしも魔族だとバレるようなことになっても、相手が酔っ払いならば言いくるめやすい。


 ステージに上がったヴィシャスは、おびえたように身をすくめてドラムの前に座った。


「本当に、いいのか?」


 そういいながらも手元はすでにスティックを握ろうとしている。


「私は、魔族だぞ」


「そんなこと、音楽やるには関係ないだろ」


「そうか」


 ヴィシャスは嬉しそうにスティックを握った。

 良い加減に力の抜けたいい握りだ。

 俺は観客に向かって曲名を告げる。


「今宵演奏するのはちょっと懐かしい不朽のナンバー、セクシャル・ソードの『嘘つきな君』でよろしくぅ!」


 俺としてはブランクの長いヴィシャスに塩を贈ったつもりだ。

 しかし、打ち合わせと違う演目に彼女は戸惑う。


「え、ええ、え?」


 入りが一拍遅れた。


「へいへ〜い、久しぶりのプレイでビビってんのかぁ?」


 俺の煽りにヴィシャスは悔しそうに顔を歪めて。


「くぅっ!」


 今度はリズムが早すぎる。

 酔っ払いたちが「ブー」と大ブーイング。


「な、なんで⁈」


 焦れば焦るほどリズムが狂って行く、泥沼。

 ページも肩をすくめてあきらめ顔だ。


 しかし俺は……信じている!

 大きく息を吸い込み、最初のフレーズを。


 その時だ、客席で怒号が湧いた。


「ひっこめ、下手くそぉ!」


 ステージ投げ込まれる空き瓶。

 ドラムの演奏が止まる。


「大丈夫か、ヴィシャス!」


 振り向くと、彼女は片手で帽子を押さえつけていた。

 血が一筋流れているのは額であって、それよりも角を隠すことを優先したということだ。


「何やってるんだよ!」


 魔王四天王を務めるほどの彼女、その気になれば空き瓶など叩き落せただろうに。


「ライブは中止だ、傷の手当てを!」


 俺は言ったが、ヴィシャスは首を横に振る。


「いや、演らせてくれ」


「その傷じゃ無理だ」


「無理じゃない。戦場ではもっと命にかかわるような怪我もした。それに比べたらこんなもの、かすり傷だ」


 ヴィシャスは微笑んで、自分の胸に片手を当てる。


「ここに、ビートが鳴っている」


「そうか」


「もう少しで勘が戻りそうなんだ」


「……わかった、演ろう」


 俺は観客の方に向き直り、とびきりイカしたMCを。


「オーケイ、どうやらお前らはお熱いライブがお好きらしい。そんなお前らにビッグでホットなお知らせだぁ! スペシャルゲスト、ナンシー!」


 彼女は酒場の隅でステージを見守っていた。

 いきなりのご指名に驚いた表情を浮かべるも、それは一瞬。


「なるほど、セクシャル・ソード一夜限りの復活ライブですわね」


 彼女はステージに駆け上がり、俺を押しのけてセンターに立った。

 そして小柄な体を絞るように折り曲げてシャウト。


「しっかり付いて来いやブタどもぉ! ですわぁ!」


 彼女は角を隠すように結い上げていた髪をほどき、己の正体を明かした。

 流石の酔っ払いどもも怯えて叫ぶ。


「ひ、ま、魔族!」


「ビビるんじゃねえ、相手は子供だ、たたんじまえ!」


 そこに鳴り響くは叫び声さえ叩き伏せるようなド派手なドラムロール。

 そしてヴィシャスの声。


「いいねえ。観客席からは野次、ドラムは安物、ギャラはクソ安い……昔を思い出すねぇ」


「そうですわ、私たちはパンクロッカー、なのにライブでお行儀の良いファンの方たちに囲まれて……いつのまにかこういうの、忘れていましたわね」


「どうよ、ナンシー、いける?」


「ええ、ヴィシャス、いつでも」


「よっしゃ、はっじめよっかー!」


 そのドラムは、不規則に荒れた大嵐から始まった。

 クラッシュせよと言わんばかりにシンバルを叩き荒らし、打ち抜くほどにスネアを鳴らす。


 魔族の、しかも戦場で鍛えた筋力なのだからパワーも申し分ない。

 しかも、早い!


「うーらうらうらうらうらぁ!」


 勢いに乗って32ビート。

 それが丁寧な16ビートに。

 さらにはエイトビートに……的確な一打一打は雨だれのように音を刻み、まるでドラムが歌っているようだ。


 ページが驚いたように両手を広げる。


「うっそだろ、『ガールズ』って音じゃねえじゃんよ!」


「だから伝説なんだよ、セクシャル・ソードはな!」


「こいつは負けちゃいられねえ!」


 ページがギターに飛びつき、音を重ねる。

 そして、抜群の歌唱力を誇るナンシーの歌声が響き……

 誰かが叫んだ。


「うっそだろ、マジモンのセクシャル・ソードじゃねえか!」


「え、魔族界伝説の、あの?」


「なんでこんなところに⁈」


「なんででもいいじゃねえか! このサウンド、サイコー!」


 酔っ払いたちの拍手喝采。

 ライブは大盛況のうちに終わった。

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