初めて買ったギターは……

 ナンシーの説明によると、ヴィシャスが暴力事件を起こしたのはバンドのメンバーを守るためだったという。


「ひっどいんですのよ、あのスケベプロデューサー、自分に性的なご奉仕をしないと新曲を出させてくれないってごねて!」


 ヴィシャスが「ふ」と笑う。


「違うんだ、そんなかっこいい理由じゃないんだ。私はただ、自分のバンドに唾を吐きかけるようなことを言われてカッとなっただけなんだ……バカだろ」


 これを聞いていたページが、ヴィシャスの肩をたたいた。


「バカなんかじゃねーさ」


 彼の眼は、ヴィシャスをたたえる熱い優しさに満ちていた。


「それでいいんだよ」


「何がそれでいいんだ?」


「初めて買ったギターは白い空飛ぶVで、かったその日にケンカで叩き壊しました!」


「いや、私はドラマーだからギターは買ったことないし」


「ロックンローラーなんてそれでいいんだよ」


「いいのか……それで」


「おい、マストゥ、俺はこいつをメンバーに入れるの、大賛成だ!」


 ページは乗り気だが、首を横に振ったのはヴィシャスのほうである。


「ダメだ、私には音楽をやる資格などない」


 彼女の視線は、明らかにナンシーを気にしていた。


「セクシャル・ソードは私の暴力事件のせいで音楽界を追われた。そんな私に、再びドラムをたたく資格なんかあるもんか!」


 これを聞いたナンシーが、あきれきったように顔をゆがめる。


「まだ、そんなことを気にしてらしたの?」


「気にするさ!」


「わたくし、いまのお仕事も気に入っているし、ほかのメンバーも同じですわ。あの日あなたがスケベプロデューサーと一緒に、セクシャル・ソードという殻をぶち壊してくださったから、いまの私たちがある。感謝こそすれ、恨みなんて一つもありませんのよ?」


「それでも、さ!」


「ねえ、ヴィシャス?」


 ナンシーは幼い見た目にそぐわない妖艶な笑みを浮かべた。


「あなたの中に、まだ音楽はある?」


「音楽……」


 小さい手がすっと伸ばされ、ヴィシャスの胸元に軽く触れる。


「ここに、まだ、熱いビートは鳴っている?」


「……ああ」


「だったら、お演りなさい。人生が傷だらけになったって、自分の音をかき鳴らす、それがロックってものでしょう?」


「ロック……」


 なんだか盛り上がっているようだが……。


「あのさ、水を差すようで悪いんだけどさ、まだ採用って決まったわけじゃねえから」


 俺の言葉に、みんなが「えっ!」と振り返る。

 人の良いエドゥはもちろんのこと、ページまでもが驚いた顔をしている。

 それでも、俺はお遊びでロックを演ってるわけじゃない。


「まずはアンタのプレイを聞きたい。話はそれからだ」


「しかし、ここにはドラムなんて……」


「町の酒場に話はつけてある。ステージを借りられることになっているからな、そこで叩けよ」


「叩いていいのか……私が?」


「ああ、存分に叩け。ただし、うちは実力主義だからな、生ぬるい演奏なんかしやがったら、その時点でこの話はなかったことにしてもらう」


「本当にいいのか、私は魔族だぞ」


「それがどうした、うちは実力主義だって言っただろ」


 声は素っ気なく、だが親愛を込めて。


「魔族だの女だの暴力沙汰だの、どうでもいい。きるやつなら過去は問わない。もう一度ステージに上がりたいなら、本気で演ってみろ!」


「なるほど、わかった」


 ヴィシャスの瞳に迷いはなかった。

 ただ力強くうなづいて。


「私の全てを込めて、叩いてみせよう」


 よほど嬉しかったのか、ナンシーがぴょんと飛び上がる。


「じゃあ、早速行きましょうよ、その酒場に!」


 こうして俺たちは、酒場に向かったのだった。

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