雨の中の小休止
翌朝は小糠を散らすような雨が降っていた。
馬龍は雨に弱い生き物だ。
小雨だからと侮って馬車を引かせるのは、得策ではない。
俺たちは日の出とともにあたりを歩き回り、ちょうどいい洞窟を見つけた。
馬龍をくびきから外してやり、洞窟に引き入れる。
俺たちも馬龍に寄り添うように車座に座った。
ページがチューニングのためにポロンとギターをつま弾く。
こんな日は、楽器の音も湿り気を含んで重く、もの悲しく聞こえるものだ。
俺はしんみりとした気持ちで言った。
「あのさあ、相談があるんだが」
エドゥがハモニカを磨く手を止めて俺を見る。
「なに? なんの相談?」
「もしもヴィシャスがまた来るならさ、うちのドラムをたたいてくれないか、聞いてみようと思うんだ」
「あの子、ドラム叩けるの?」
「ああ、以前から気づいてたんだが、あいつ、人差し指にタコの痕があってさ。あれ、たぶんドラムでできたタコだと思うんだよ」
「ペンダコかもしんないじゃん」
「いや、ペンダコなら中指にできるだろうし、それに、俺のシアターで歌わされた時の、あのリズム感……」
『シアター』は無差別に他人をミュージカルに巻き込む能力ではない。
例えていうならば世界を楽器として扱う能力……奏者は俺だ。
だから俺は、あのとき歌わせたヴィシャスの『弾き心地』を知っている。
「あの女、弾き心地がエライ悪かった」
「え、それって音楽できないんじゃないの?」
エドゥはキョトン顔。
しかしページはチューニングの手を止めて頷く。
「名器だな」
「え、え? なに、エロい話?」
「ちげえよ、楽器の話だ。素人は楽器っていうのは音の正しさこそが名器のあかしだと思ってるけどな、実際はそうじゃねえ」
「ええっ、つまり音がおかしい楽器? それってクズじゃん!」
「そうじゃねえよ、つまり……なあ、マストゥ?」
解説を振られた。
「単にできの悪いクズ楽器とは違う。タイトな感覚でマストな歪みが音に取り入れられてるんだ。ところがそれ故に扱いが難しく、最高の音でプレイするには完全な調律と音のひずみさえ旋律に変える腕が必要になる」
「あれだ、気難しい女だと思えばいいのさ。たっぷり甘やかしてわがままに付き合ってやれる男だけが最高の快楽を得られるのと一緒だ」
エドゥが突然の爆弾発言。
「つまりお兄ちゃんは、あの女魔族が好きなんだね」
「ななななな、バカ言うな! 好きとか嫌いじゃなくて、ドラムを演らせたいってだけの話だ!」
ページは「ふふん」と鼻を鳴らして再びギターをつま弾いた。
「俺は反対だ」
「どうしてだよ」
「女だからだ。女の叩くドラムってのはパワーとスピードが足りねえ。これは筋力の問題だからな、鍛え方やテクニックでどうにかなる問題じゃねえんだよ」
「『魔族だから反対だ』っては言わないんだな」
「ああ? そんなん、音楽の前では関係ねーだろうよ」
「お前のそういうところ、好きだぜ」
俺は腰を上げて洞窟の外をうかがい見た。
空がわずかに明るくなっている。
「もうすぐ雨もやむだろう」
そうしたら出発だ。
とりあえず次の街はそれなりにデカいのだから、楽器屋もあるはずだ。
「しばらく逗留して、ヴィシャスを待とう。話はあいつのプレイを聞いてから、それでいいよな、ページ?」
「聞くまでもない、あいつは女だ」
「それだって、音楽の前では関係ないだろ、大事なのはソウル! そうだろ?」
「ああ、まあな」
しぶしぶながらもページは了承してくれた。
雨が上がったら出発しよう……俺たちのミュージックに向かって!
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