焔獄のシド様 愛を歌っちゃう☆

 俺は軽く地面を蹴ると同時に、大きく息を吸う。

 火焔に向けて放つはデスヴォイス!


「ゴルBDgDgガァー!」


 その『音』は衝撃波となって火焔を打ち砕いた。

 ヴィシャスは満足したようにニヤリと笑う。


「それ、それだよ、私が求めていたのは!」


 俺のほうは怒り心頭。


「歌わせたな、俺に」


「ああ、歌わせたさ。それがお前の本来の歌なのだろう?」


「違う! 俺の本当の歌は、こんな雑音なんかじゃない!」


「じゃあ、かかってくるがいい……お前の本当の歌で!」


 ヴィシャスが身を低くしたのは、さらなる音波攻撃に備えてのこと。

 戦場で俺が彼女に見せた攻撃を考えれば正しい行動だ。


 しかし、彼女は俺の能力のすべてを知っているわけではない。


「いいのか? 俺が本気出したら、たぶん、泣くぞ」


「つまり、本気で戦ってくれると……いいだろう、どんな攻撃をも受けきってみせよう」


「ふ~ん、じゃあ、遠慮なく」


 俺はシアターを発動した。


 最初に、ページがギターを抱えて馬車から飛び出してくる。

 彼がかき鳴らしたのは浮付いたコード。


「な、なんだ、これは!」


「そうか、戦場では見せる機会がなかったな。存分に味わえ、俺の能力を!」


 エドゥが馬車の中からタンバリンを探し出す。

 シャンシャンシャカシャカと元気良いリズムが曲に加わる。


 単純明快なコード進行と愛くるしさを感じさせるガーリーな旋律。

 アイドルが歌うにふさわしいライトなポップだ。


 しかし、ヴィシャスはシアターに巻き込まれまいと身をよじった。


「く、なんだ……体が……声が……」


「へえ、なかなか頑張るな。少しでも俺のシアターを耐えたのは、アンタが初めてだよ」


「くう……耐えきってみせる……私は……歌など……」


「しょうがねえな、ならば、これでどうだ?」


「ま、待て、何をする気だ!」


 すでに自我を保つだけでいっぱいいっぱいになっているヴィシャス。

 俺は容赦なく、彼女に向かって片手を振り上げる。

 そして……渾身の声援を。


「エル、オー、ヴイ、イー、ラブ! ラブ! ラブラブラブラブヴィーちゃーん!」


 ついに彼女の自我がはじけ飛んだ。


「みんな~、今日は来てくれてアリガト~! は~りきって歌っちゃうよ~!」


『焔獄のシド』らしからぬ甘えたような鼻声。

 さらに歌うときはかわいらしい高音域。


 ♪戦いたいんだ あ、な、た、と♡


 俺は飛び上がり、片手を突き上げて合いの手を。


「ヴィーちゃん!」


 ♪ドキドキで胸キュン

 だって恋だもん!


「フゥワフゥワ!」


 ここからはしっとりと抑えた曲調。


 ♪なのにあなたはつれなくて

 少し意地悪しちゃうけど

 だけど 気づいて

 好 き な の に ♡


 はじけるように盛り上がって、サビへ。


 ♪戦いたいんだ あ、な、た、と♡

 ドッキドキで胸キュン

 だって恋だもん♡


 バチッとウインク、そしてターン。

 指さすように片手を差し出したかわいらしいアイドルポーズに、俺たちは大興奮だ。


「わあああああああ! ヴィーちゃああああああん!」


「ちょおかわええええええええ!」


「アンコール! アンコール!」


 しかし、ようやくシアターから解放された彼女は、瞳にいっぱい涙をためていた。


「こ、こんな屈辱!」


「だから言っただろ、『泣くぞ』って」


「う、うう……」


「お、泣く? 泣いちゃう?」


「泣くか! 泣いてたまるかぁ!」


 ヴィシャスは逃げるように白銀の馬龍に飛び乗った。


「覚えてろよ、次は必ず、お前を倒す!」


 森の小道を一目散に走り去ってゆく彼女を見送って、俺は首をすくめた。


「あれって、また俺に会いにくるってことだろ」


「お兄ちゃん、モテモテだね!」


「勘弁しろよ、気の強い女は苦手なんだ」


 俺たちはからからと笑いあい、荷物を降ろすために馬車へと向かった。


 日暮れはすぐそこまで迫っている。

 どうやら今夜は、ここで夜を過ごすことになりそうだ。

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