ガールズユニット ヴィシャス&ナンシー

 街には立派な宿がある。

 だけど魔族であるヴィシャスは人間の街には立ち入りにくいだろう。

 そうした配慮から、俺たちは森の中にテントを張って待った。


 昼は町に出て辻で歌う。

 夕方には稼いだ日銭で酒を飲む。

 そして夜は寝るためにテントへと戻る。


 そんな生活を始めて三日目の夜のことだ。

 俺たちは酔いに揺れる足元を支えるように肩を組んで、歌いながら帰ってきた。

 テントの前にはヴィシャスと……もう一人、小柄な女魔族が立っていた。


 見た目は『女』魔族というのもはばかられるほどに幼い。

 身長は俺の胸の下くらいまでしかないし、手足も詰まってお子様体形。

 だが俺は、魔族の年齢を見た目で判断するほどバカじゃない。


「エドゥ、ページ、伏せろ!」


 俺が叫ぶと同時に、ちみっこ魔族がパカッと口を開いた。

 そして放たれる金切り声。


「音波攻撃だと!?」


 俺も大きく口を開けてデスボイス。

 二つの音波は空中でぶつかり、押し合い、わずかなつむじ風を残して相殺された。


「なかなかやりますわね、さすがはレベル99の吟遊詩人」


 ちみっこ魔族は不敵に笑う。

 俺のほうはいそいでページとエドゥを下がらせる。


「お前! 何者だ!」


「わたくし、魔王宮楽師のナンシーと申します。以後お見知りおき……は必要ありませんわね、あなたたちはここで死ぬのですから」


「ヴィシャスが得意そうに胸を張った。


「音楽には音楽を、私の作戦はカンペキだな!」


「くそっ、音源はオペラタイプか……そんなの、初めて見たぞ!」


「そうでしょうね、ヴィシャスに頼まれて、三日前から訓練を始めたばかりですもの」


「三日? たった三日の訓練でこれだけの音波を!」


 魔族侮りがたし。

 とはいっても、シアターさえ発動してしまえばどうってことはない。

 俺は余裕の態度でヴィシャスに話しかけた。


「なあ、お前、バンドとか興味ない?」


「戦いの最中に何を言っているんだ!」


「あのさあ、勇者様からクビを言い渡された瞬間に、俺は非戦闘員になったの。今の俺は戦いとか関係ないわけよ」


「それで、どうしてバンドなんだ?」


「お前、本当は音楽やってただろ?」


「音楽なんて! いや、音楽をけなすつもりじゃないんだが、その……」


 ヴィシャスがちらちらとナンシーを気にしている。

 どうやら先に落とすならこちらだ。


「なあ、ナンシー、こいつ、音楽やってたんだろ」


「よくご存じですわね。魔族界伝説のガールズバンド『セクシャル・ソード』の伝説のドラマー、それが彼女ですわ」


「すげえ! あのセクシャル・ソード?」


「そう、そのセクシャル・ソードですわ」


 音楽は特殊な魔法で『音石』と呼ばれる魔石に封入されて流通する。

 くだんのバンドは、その音石の累計販売数トップを誇る超人気バンドだ。


「俺、音石、持ってた!」


「そうですの。わたくしはボーカルだったのですけれど」


「そういえば声! 聞き覚えある!」


 魔族のバンドなのだから、人間界での音石の入手は困難だ。

 俺はわざわざ魔族領に近い中立国まで出向き、それを手に入れた。


「そうか、あのセクシャル・ソードの……」


 だとしたらますます、うちのバンドのドラムを任せるにふさわしい。

 俺は少し興奮して鼻の穴が広がるくらい呼吸を荒げる。


 しかし、ページは納得しないようだった。


「なあ、そんな有名なバンドだったのに、何で解散したんだ?」


 ヴィシャスが少し目を伏せて答える。


「それは、普通の女の子に戻りたかったっていうか……」


「普通の女の子に戻りたい奴が、なんで軍人なんか、しかも魔王直属の四天王なんかやってんだ?」


「それは、その……」


 ナンシーが少し前に進み出た。


「ヴィシャス、言っておしまいなさい、暴力沙汰だって」


「ああ……そうだ、暴力事件を起こして音楽界を追われたんだよ、私は……」


 ページは鬼の首を取ったように得意げだ。


「聞いたか、マストゥ! こいつはダメだ、暴力事件を起こすような奴にバンドなんかつとまるわけがない!」


「なに言ってんだよ、ロックに暴力はつきものじゃあねえか」


「でもよ……」


 俺はそんなページを押しのける。


「なあ、なんで暴力事件なんか起こしたんだ?」


「……」


「答えたくないか……」


 ナンシーが元気よく手を挙げた。


「あ、じゃあ、わたくしが代わりに説明して差し上げますわ!」

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