シアター発動不能! 死闘!

 エドゥの声に弾かれたように動いたのはヴィシャス。

 さすがは百戦錬磨の元四天王。

 彼女の片手はすでに敵に向けて打ち出すべくこぶしを握っている。


 しかし、彼女はうめきながらぴたりと動きを止めた。

 姿を現したニンジャが、小さなダガーをマストゥの首筋に押し当てていたからだ。

 それは柔らかい首の皮ぎりぎりに、ぴたりと。


「くそっ! シアターさえ使えれば!」


 もう一度、ニンジャどもを歌わせるべく能力を展開するマストゥ。

 しかし、ニンジャはそんな彼に向かってささやいた。


「くくく、無駄だ」


「な、なんだと!」


「お前は我らの精神に干渉する何らかの術を使っている、その気配は感じるがな、カラテを極めたわれらにそのような術は効かぬ!」


「くぅっ!」


 万事休すか……と思われたその時、ヴィシャスがなんの前触れもなく片手をあげた。


「ブレス」


 抑揚ない声とともに、指先ほどの小さな火の玉がニンジャの鼻先で燃える。


「うぎゃ! 熱い!」


 ニンジャはマストゥを突き飛ばすようにして大きく飛びのいた。


 しかし、熱い思いをしたのはニンジャだけではなかったようで……

 耳元の毛に飛びついた火の粉を払って、マストゥは叫ぶ。


「あっっつ! お前、俺がはげたらどうするんだよぉ!」


 しかしヴィシャスは涼しい顔。


「手加減はした」


「手加減してたってさ、人の顔のすぐそばで火を燃やすとか、どんな神経だよ!」


「むう、助けてやったのに」


「それは感謝してるよ。だけど、顔にやけどとかしたらどうすんだよ、俺、傷物になっちゃうじゃん!」


「その時は……私が責任をもって婿にもらってやる」


「へ?」


「か、勘違いをするなよ、人間とはそういうやり方で責任を取るのだと聞き及んでいる。それに、私はお前の容姿になど興味ないからちょうどいいし、魔王軍で働いていた時の給金はほとんど貯蓄してあるから、人ひとりくらい養えるし、そういったもろもろ考慮してのことなんだからな!」


「ヴィシャスさん、めっちゃ饒舌なのは……」


 耳までを真っ赤に染めて、ヴィシャスは小声で言い返した。


「うるさい……」


 そんな彼女に向かって、ニンジャがとびかかる。


「戦場でいちゃつくのは死亡フラグだって知らないのかよ!」


 ヴィシャスは片手だけを鷹揚にあげて、これを迎え撃つ。


「ふん、フラグだか何だか知らないけれど……」


 びゅおっと風なりがして、ヴィシャスの拳が振り下ろされた。

 それはニンジャの飛び込む軌道を過たずに撃ち抜く。


「ぐあっ!」


 地面に強くたたきつけられた黒装束の男。

 それを見下ろして、ヴィシャスが低い声で唸る。


「人の恋路を邪魔するやつは、拳固に打たれて死んじまえ」


 それがあまりにも低い声だったから、もちろんマストゥには聞こえない。


「な、なに? なんか言った?」


「べ、べつに、重要なことは言ってない。いいから、もう少し離れろ!」


 いちゃつき始めた二人から少しでも早く離れようと、ニンジャは地を這った。

 しかし、そんな彼の鼻先すぐに、草履履きの足がズン!と立ちはだかる。


「さて、残りはお主のみでござるよ」


 ニンジャを見下ろして、サムライがにっこりと笑う。

 振り下ろされた彼の剣はニンジャの首の後ろを打ち、そしてニンジャは……。

 完全に沈黙した。

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