ハニートラッパー・エドゥ! そして伝説は始まる

 その日の夕食は森の中で、たき火を囲んでの質素な野宿飯だった。

 早々に食事を終えると、あとは寝るだけ。


 床に入る前のひと時を、みんなで思い思いにたき火を囲んで過ごす。

 これも野宿ならではの風情だ。


 さて、相変わらずマーリアはマストゥにべったりだ。

 しかし、ヴィシャスとエドゥは作戦会議に忙しく、そんなことに構っていられない。


「完全に作戦ミスだと思うんだ」


 ヴィシャスが不服顔でいうと、エドゥが首を傾げた。


「どうして? お兄ちゃんにかわいいって言われたんでしょ?」


「そ、それは、まあ……」


「じゃあ、ハニートラップ成功じゃん、さすがヴィシャスさん!」


「そうじゃなくて! マストゥを篭絡しても、抜本的な改善にはならないと、私は思うんだ」


「ヴィシャスさんって難しい言葉知ってるんだねえ。えっと、パッポンテケテケかいぜん?」


「抜本的、だ。つまり、あの二人の関係はマーリアの一方的な愛情で成り立っている。そのバランスを崩すためにハニートラップを仕掛けるなら、まずはマーリアを攻めるべきだ」


「確かにそうかも」


「つまり、君がハニートラッパーになるんだ」


「ほうほう、なるほど……」


 言いかけて、彼は事の流れに気づいた。


「えええええええええ! 無理だよ、そんなの!」


「なぜだ?」


「僕はお兄ちゃんみたいにカッコよくないし、お兄ちゃんみたいに歌もうまくないし、お兄ちゃんみたいに破天荒でもないし……」


「君はたいがいブラコンだな。まずは、そこの矯正からか」


 ヴィシャスは、襟をつかんでエドゥを引き立たせた。


「行くぞ」


「行くって、どこに?」


「恋愛に疎い私たちでは、らちが明かない。エキスパートに相談に行くんだ」


「エキスパートって、恋愛のエキスパート?」


「そうだ、世界が認めるエキスパートだぞ」


 そのまま、ヴィシャスはエドゥを引きずって森の奥へと向かう。


 これを見ていたマストゥは、腰を上げようとした。

 だが、マーリアがその袖を引き留める。


「どこに行くの?」


「いや、ちょっとトイレへ」


「じゃあ、私もついていくわ」


「なんのためにだよ!」


「んふふふふ♡」


 マストゥは、この場を離れるのは危険だと判断した。

 周りに人眼のあるここであれば、マーリアも無茶なことはしないだろう。

 だが、うっかり二人きりにでもなったら……ナニをされること確定な気がする。


(冗談じゃない)


 マストゥだってマーリアのことを憎からず思っているが、それは男女の感情ではない。

 束縛されることを嫌うマストゥにとって、マーリアの性格は地雷なのである。


(だってこいつ、絶対に束縛するでしょ)


 だから、うかつに手を出すつもりも、出されるつもりもない。

 それでも妹のようにかわいい女を突き放すこともできないし。

 痛しかゆしである。


「なあ、マーリア、ちょーっとしょんべんしたら、すぐに戻ってくるからさ」


 試しに聞いてみるが、もちろん答えは。


「ダメ、私もいっしょに行く」


「マジかよ、勘弁してくれよ」


 それでも、マーリアはすでに瞳の生気を失って病みモードに入りかけている。

 ここで逆らうのは得策ではない。


(だけど、あいつら、まさか……いや、あいつらに限ってそんなことはないはずだが、それでも……まさか……あいびき?)


 うつうつとした思いで目をあげるが、ヴィシャスとエドゥの姿はない。

 うっそうと茂る木々が、夜の闇をさらに黒く彩っているばかりだ。


 マストゥは、忸怩たる思いで闇をにらみつけていた。

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