ハニートラッパー・ヴィシャス! 頑張る!

 落胆しきったヴィシャスは、その言葉を否定的なものだと捉えた。

 がっくりと肩を落として、力なく笑う。


「そうだよな、おかしな格好だよな。うん、すぐに着替えてくる」


「あ、いや、そうじゃなくて……」


 マストゥが言葉をためらう。

 普段がチャラい彼にしては珍しいことだ。


「……めちゃくちゃ、かわいい格好だから……さ」


 ためらいがちな一言が、ヴィシャスのハートをズキュゥーンと撃ち抜いた。


「キュン♡」


 甘酸っぱい思いに満たされた胸を押さえて、ヴィシャスは立ち尽くす。


 これを見ていたマーリアの顔からは、聖母の笑みが消えていた。


「かわいい? かわいいって何が? え、洋服がかわいいってことだよね?」


 つぶやくような声と暗い表情……病みモードだ!


「そう、そうなのね、裾が短いと、確かにかわいいわよね、ふふふふ、マストゥはそういうのがお好みなのね」


 言うが早いか、彼女は自分の修道着の裾をつかみ、渾身の力でそれを引き裂いた。

 マストゥはそんな彼女を止めようと手を伸ばす。


「まて、マーリア、おちつけ!」


 しかし、その手はマーリアによってがっしりと掴み受けられる。

 鬼気迫るマーリアの表情が、マストゥの眼前に迫った。


「ふふふ、私はすごく落ち着いているわよ、マストゥ?」


「いや、落ち着いていないだろう、その恰好……」


「あ、いやーん、少し破廉恥かしら? でも、こういうのが好きなんでしょ、マストゥ?」


「いや、別に」


「好 き な の よ ね ?」


「あ、はい、好きです」


「どう? 私、かわいい?」


「か、かわいいと思います、はい」


 マストゥから『かわいい』の称号を勝ち取ったマーリアは満足そうに微笑む。

 病みモードはどうやら解除されたようだ。

 マストゥの手も、ぱっと放された。


「そうよね~、私、かわいいもんね~」


 マストゥはその場にヘタりこみ、ヴィシャスは立ち尽くしている。

 収拾がつかない……。


 と、そこへ、エドゥが駆け込んできた。


「すごい、マーリア、超セクシーだねっ!」


「あら、それほどでも?」


「あまりにもセクシーだから、周りには毒なんじゃないかな!」


「毒って……ひどい言い方ねえ」


「違うよ、殺人的に魅力的って意味さ! お兄ちゃんなんか、ほら、気を失っちゃいそうじゃん!」


 この言葉を聞いたマストゥは、大きく胸をかきむしって騒ぐ。


「ああ、美しすぎて目がチカチカする! う~ん、ばたんきゅー」


 目をつぶって地面に倒れこみ、気絶したフリ完了である。

 かなりわざとらしいが。


 エドゥはこれを受けて、マーリアの背を押した。


「ほら、これ以上被害者が出ないうちに、着替えてこよう!」


 こうしてマーリアはエドゥに連れていかれた。

 ヴィシャスは、倒れているマストゥのそばに腰を落とす。


「もう、行っちゃったよ」


「そうか」


 軽く身を起こしたマストゥが、まぶしそうなまなざしでヴィシャスを見上げた。


「マジで、かわいい」


「え?」


「べ、べつに、スカートが短いからとか、そういうんじゃないからな。お前は時々、すごくかわいいよ」


「あ、その……」


 ヴィシャスは顔を赤らめて言葉を探す。

 しかし、こうしたほめ言葉に対する返しなど、恋愛経験の乏しい彼女の中には存在しない。


 結果、ヴィシャスは短くつぶやいただけだった。


「ありがと」


「うん」


 後は言葉もなく……。

 二人の間を、やわらかいそよ風が吹くばかりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る