エドゥVSマーリア!?

 とはいってもこの少女、なかなかに頑なである。

 職人用の休憩室にお茶とお茶菓子を運んではくれたが、マーリアとは目も合わせない。

 まるで猛獣に餌を与えるときのように――警戒を解かず、おびえたようにきょろきょろしながら、手早く茶道具を並べると一目散に走り去ってしまったのである。


 なかなかに手ごわい。

 マーリアは、ため息をつきながら、茶の入ったカップをながめた。


 体の小さなドワーフ用の茶器なのだから、まるでままごとの道具みたいに小さい。

 繊細な花模様が描きこまれた磁器のカップを、マーリアは親指と人差し指でつまみあげる。

 茶は香り高いものであったが、くいっと飲み干そうにも、唇が湿る程度の量しか入っていなかった。


「あんな小さな魔族もいるのねえ」


 マーリアが感心してつぶやけば、ヴィシャスがそれに応える。


「ドワーフは特に小さな種族だ。それ故に戦い向きではなく、だからこそ平和を愛するのだろう」


 実際にドワーフは、魔族からも『戦い向きではない』と思われている節がある。

 ここに隠れ里を作って暮らしてもおとがめなしなのは、これが脅威になることはないと判断されてのことなのだ。


 マーリアの形良い唇が無意識に動いて、言葉がこぼれた。


「戦争のない暮らしって、どんなのでしょうね……」


 それは全く無意識に似た、たわいもないつぶやきだ。

 しかし、その場にいた誰もが目を伏せ、わずかにうめいた。


「戦争のない暮らしか……」


 彼らはあまりにも『戦争』というものに慣れ過ぎている。


 戦火は、今も世界のどこかで必ずいぶっている。

 それがたとえ遠い国の戦火でも、いつ飛び火して世界ごと真っ二つに割れる大戦に突入するかわからない、それほどまでに人間と魔族の断絶は大きいのだ。


「ヴィシャスちゃん、わたし、ね……」


 マーリアは静かな声で話し出した。


「いま、とても混乱しているの。私がずっと親の仇だと思っていた魔族は、実は親の敵でもなんでもなくて、だとしたら、あなたを魔族だからっていう理由で憎むのは、なんか違うかな、って」


「マーリアさん……」


「私、ヴィシャスちゃんのことは好きよ。でも……でもね、魔族は、今でも人間と敵対しているわけでしょ、だから、それを思うと、どうしていいのかわからなくなっちゃうの。だから、もうちょっと待って」


 マーリアの表情は決意に満ちて明るい。


「この里の人は、戦争に関係ない暮らしをしているわけでしょ。だから、敵とか仇とか考えずに、きっと……魔族ってどういうものなのか、わかると思うの」


 そのすぐ後で、マーリアはわざとであるかのように朗らかな声を出した。


「っても、あのドワーフの娘と仲良くなりたいのは、そんな理由じゃないの。このままじゃ、私のプライドが許さないわ」


「な、なんのプライド?」


「保育者としてのプライドよ!」


 マーリアは突き立てた人差し指をビシッとエドゥに向けた。


「勝負よ、エドゥ!」


「ええ~、勝負って、なんの……」


 いきなり勝負を挑まれたエドゥは、腹の底からとことん心底まで困り果ててべそをかいた。

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