参上! サムライベーシスト!

 両脇には、表通りに軒を向けている大きな店の通用口ばかりが並ぶ。

 食品店の裏手にはゴミバケツが置かれ、商店の裏手には空になった木箱が積まれている。

 ごちゃついていて不衛生――そんな裏通り。


「道を間違えたかな、引き返そうぜ」


 くるりと振り向いたマストゥが見たものは、大きな刀を腰から下げた男だった。

 彼は裏路地の通路をふさぐようにして、ゆっくりとマストゥたちに近づく。


 おかしな格好をした男だ。

 着ているものは東洋のキモノという装束だろうか。

 渋い藤色に染めたキモノにハカマを合わせた姿、それに腰から下げた東洋風の剣。


「サムライか!」


 マストゥが叫ぶと、その男は足を止めて頷いた。


「いかにも」


「すげえ、『いかにも』だって! 本物のサムライだ!」


 戦場を渡り歩いてきたヴィシャスは、もちろんサムライという職を知っている。

 彼女は感心したように深く頷いた。


「ああ、本物だ」


 戦場を知らないページとエドゥは、目玉をきょろきょろさせておびえるばかりだ。


「え、なになに、お兄ちゃん、サムライって何?」


「サムライっていうのはな、東洋の剣士の称号だ。東洋は遠いから、めったにこの国じゃ見かけないがな、繊細な剣技の使い手で、傭兵として重宝される職だ」


「お兄ちゃんと逆で、バリバリ前衛に出せる戦闘力ってことだね」


「うるせ!」


 サムライは、小さく咳払いしてその会話を遮った。


「あ~、もう、よいでござるかな?」


「ああ、ごめんごめん、俺たちに何か用だった?」


「用というほどのことではござらぬが……」


 言葉とは裏腹に、彼は腰の剣をすらりと抜いて構える。


「そちらの娘御、魔族でござるな?」


「!」


 マストゥもエドゥも、そしてページまでもが、ざっと地面を蹴って動いた。

 もちろん、ヴィシャスを囲んで守るためにだ。


 いまさら無駄なことではあるが、マストゥはわざと明るい口調ではぐらかそうと試みた。


「え、魔族なんかどこにいるんだよ」


「そこにいる帽子の娘、魔族の匂いがプンプンするでござるぞ」


「え、うそ!」


 ヴィシャスが自分の体の匂いをクンクンと確かめる。

 これ以上はごまかしようがない。


「魔族だったらなんだっていうんだよ」


「斬る!」


 サムライは剣を右にひいて立て、大きく開いた構えを見せた。

 まったく実用的ではない、恰好重視の構えだ。

 おまけに、芝居がかった声音で、なにかをわめきだす。


「やあやあやあ、遠からん者は音に聞け、近くばよって目にも見よ……」


 マストゥはこの隙を逃さず、彼の後ろに素早く回り込んだ。

 そのまま、持っていたベースの先で後頭部を軽く小突いてやる。


「おい、何してるんだよ」


「いてっ! 名乗りの途中で相手に斬りかかるとは、卑怯でござる!」


「ベースで人が斬れるかよ」


 なぜだろうか、マストゥにはベースが彼の手元に収まりたがっているように思えた。

 試しに、ベースを彼に向かって突き付けてみる。


「何でござるか?」


「あんたには剣より、こっちの方が似合うだろうよ」


 不思議とサムライは逆らわなかった。


「ふむ、初めて見る楽器でござるな」


 彼は剣を鞘に戻し、ベースに手を伸ばす。


 初めて見ると言ったわりには慣れた手つきだ。

 彼は何も迷うことなく、正しくベースを構えた。


「ふむ、四弦でござるか、三味線より一弦多い分、多彩な音が出せるということでござるな」


 彼はすでにベースの弦をつま弾いて音を試している最中である。

 この順応力の高さに、マストゥたちのほうが逆に戸惑った。


「しゃ、シャミセンってなんだ?」


「拙者の育った国でおもに演奏されていた楽器でござる。胴に弦が張ってあって、構造はこの楽器と大差ないでござるよ」


 すでにコツをつかみ始めたのか、彼の腕の中でベースが歌いだす。

 ペケペケベベベンと軽快に。


「お、変わったサウンドだな」


「三味線においては、国内でも拙者の右に出るものはいなかったござるからな」


「お、もしかしてバンドとか、やってた?」


「バンド? 何でござるか、それは」


「音楽隊、って言やあ通じるのかな、つまり、それぞれが別々の楽器を持ち寄って演奏する、そして、俺が歌う」


「なるほど、この町の酒場で何度か見たでござる。つまり、こう……」


 ベースは声をからすような勢いでギュオギュイイインと鳴った。

 その音に打たれて、マストゥは身をすくめる。


「すげえ……ついさっき初めて触った楽器だっていうのに……」


「こんなもんではござらんよ、こう、調子を合わせて……」


 ギュワギュワ、ペケペケとベースが音を刻む。

 独特なセンスを感じる正確無比なサウンドは、ディーコンに劣るものではない。


「いいねえ、むしろ俺的には、このサウンドの方がしっくりくる」


 マストゥは彼の腕をつかみ、身を乗り出すようにして言った。


「なあ、うちのベース、演ってくれないか?」


「は?」


 戸惑いにサウンドがとまった。

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