サムライ・ロックンロール
それから半刻ほど、マストゥたちはここまでの経緯をかわるがわる語った。
サムライは、黙って……いや、抱えたベースを時々ベィンとつま弾いて聞いていた。
「つまり、そのストックウッド音楽祭とやらに出場するんでござるな」
「そうだ」
「その賞金を丸ごと寄付して孤児院を救う、そういうことでござるか」
「そうそう!」
「さすれば、我らの取り分はどうなるでござる?」
「と、取り分?」
「さよう、お主ら兄弟と、そこな男は自分の家でもある孤児院を守る、その大義に私財を擲つ価値があるのかもしれぬでござるがな、拙者はその孤児院には無関係、寄付に協力するいわれは何もないでござる」
「それは、つまり……」
「拙者、自分の腕を安売りするつもりはないゆえ、いただくものはちゃんといただきたい」
サムライがベインンンンと、また一つ弦をはじく。
「例えば、そこな魔族のおなご、お主はいくらもらってここにおる?」
「え、私か? 私は金などではなく……」
自分の最初の目的はマストゥと戦うことだったはず……。
そう気づいたヴィシャスは答えを戸惑う。
それを見たサムライは、勝手に納得したらしい。
「なるほど、金ではないと」
マストゥとヴィシャスの顔を無遠慮に眺めまわす。
だから彼女は、サムライが何を言わんとしているのかに気づいてしまった。
「ち、違うから! べつに、こいつと恋人とか、そういうのじゃないから!」
「拙者はな~んにも言ってないでござるよ~」
サムライはベースをギュベン!と勢いよく鳴らして腰を上げた。
「さて、どうやら契約は成立せずでござるな。さすれば拙者は、いまの雇い主の命令を優先する義務がある」
「つまり?」
「その女魔族、斬る!」
そういいながら構えたのは、東洋剣ではなくてベース。
「あ、間違えたでござる」
そういいながらも、彼はベェエエンと一音を鳴らす。
その様子に、マストゥがニヤリと笑った。
「さてはお前、そのベースと離れがたいんだな」
「そ、そんなことはないでござる!」
といいながらも、動揺を表すようにベベベェンと。
もしかしたら、本当にベースが彼を引き寄せたのかもしれない。
マストゥは、そう思い始めていた。
だとしたら、攻めどころは金銭の話じゃないはずだ。
「なあ、お前、シャミセンって楽器をやってたんだろ。どうしてそれ、やめちゃったんだよ」
「実に下らぬ理由でござるよ」
彼の口が少し重くなったところを見るに、やはり攻めどころはここなのではないだろうか。
マストゥはさらにひとこと。
「戦争のせいか?」
「そんなんじゃ、ないでござる」
そういいながらもベースを抱え、ふっと視線だけで遠くを見る。
さらに踏み込むマストゥは、饒舌だ。
「いや、わかるよ。俺なんかもさ、もしも戦争がなければ、吟遊詩人になんかならなかった。金がなかろうとも、世間からそっぽ向かれようとも構わず、自分の歌ってのを歌い続けただろうさ」
「だから、そんなかっこいい理由じゃござらんって」
「謙遜すんなって。あそこにいるヴィシャスもさ、いろいろあって音楽を捨てて戦場に出ていた女だ。それが、今度は戦争を捨てて音楽の道へ戻ってきた、これってロックじゃない?」
「だ~か~ら~、本当に! そんなかっこいい理由じゃござらん!」
サムライがマストゥを押し返して怒鳴る。
「拙者が三味線をやめたのは……」
「やめたのは?」
「猫ちゃん……」
「は?」
「だから……その……猫ちゃんがかわいそうだからでござる」
いかつい、まじめ腐った顔で「ねこちゃん」を連呼する様子は、なんだか滑稽だ。
ヴィシャスが「ふっ」とこらえきれなかった笑いを吐く。
「拙者が三味線を求めると、三匹の猫ちゃんが犠牲になる……それを知ったあの日から、拙者は三味線の道を捨てたのでござる」
「わかんねえな、三味線と猫、どう関係があるっていうんだよ」
「知らぬのでござるか、三味線というのは胴に猫ちゃんの皮が……ううっ、それも稚き子猫ちゃんの皮が……ううっ、猫ちゃん……」
ついにサムライはベースに縋りつくようにして泣き出してしまった。
逆にヴィシャスは肩を震わせ、腹を押さえて、必死に笑いをかみ殺そうとしている。
「その点、このベースという楽器は素晴らしいでござる。素材は木と鉄、猫ちゃんの命を奪うようなこともない」
ついに、ヴィシャスがぶはっと笑いを吐き出した。
「まって、まって、その真顔で『猫ちゃん』とか言うの、やめて!」
ヴィシャスは身を折って笑い転げる。
サムライはむっとして、ますますしかめっ面だ。
「しかし、猫ちゃんは猫ちゃんでござろう」
「そ、そうなんだけど、ひい~、もう勘弁してぇ!」
「魔族なうえに、失礼なおなごでござるな」
この言葉を聞いたページが、ぎゅいっと眉を吊り上げる。
「おい、いまの言葉、取り消せ!」
「な、なにがでござるか?」
「確かにヴィシャスは失礼な奴だが、女だとか、魔族だってことは別問題だ。女がみんな失礼なわけじゃないし、魔族がみんな敵とは限らない!」
「実に西洋的な考え方でござるな」
今度は、俺が少し声を荒げた。
「西洋とか、東洋とかも関係ない、俺たちはみんな一個の人間で、誰しもがそれぞれ、違う音を持っている! 一人一人違う音、つまりソウルを聞けよ!」
「面白い……どうやら拙者、剣の腕は鍛えても、人間修養はいささか不足していたようでござる」
サムライはベースのネックを抱き寄せ、そこに唇を寄せた。
それから、ベースに話して聞かせるように、ささやき声で。
「ここでは、猫ちゃんが可哀想だと思う拙者を笑う連中はいない」
「ああ、その言い回しはさすがに笑えるが、アンタのソウルを笑うやつはいない」
「なるほど、西洋的ではなく、こういうの、なんといえばよいでござるか?」
「ロックだ」
「ロックでござるか。ふむ、実に心地よい……心地よい音が、拙者の中に響いておる」
狭い路地裏に、風が吹いたような気がした。
いや、確かに吹いたのだ。
「なるほど、どうやら拙者たちの行く手を阻もうとする輩がいるようでござるな」
サムライの雰囲気が変わった。
研ぎ澄まされた刃のように油断なく、鋭い眼光があたりをねめつける。
山侍のように後ろで乱雑にまとめただけの髪は風に乱れ、実にワイルド。
しかも手元は、まるで女の体をなぞるようになまめかしく。
声は色事の最中であるかのようにかすれて、ベースにささやく。
「焦るでない、あとで存分に啼かせてやるから」
ベースをなぞる指先はかすかに弦に触れ、小さな音を立てた。
「やべえ、なにこの色気……」
呆然と立ち尽くすマストゥに向かって振り向いた侍は、唇の片方だけをニヤッと上げて。
「サムライにとっての報酬とは金のみにあらず。この楽器一本で、ぬしらのバンドにやとわれてやるでござるよ」
「へえ、サムライってのは、けっこうロックなんじゃん」
「さしあたって、この殺気……気づいているのでござろう?」
「ああ、戦場で何度も聞いたぜ、ビート……人殺しをたくらむ狂犬どもの臭ぇ呼吸音だ」
マストゥとヴィシャスは戦闘慣れしている。
路地裏に満ちる殺気に向かって、ざっと身構えた。
「ふむ、ならば拙者も」
サムライはベースのネックに軽く口づけを落としてから、それをエドゥの手の中に押し付ける。
「戦えない者たちは、後ろに下がっているがいいでござるよ。何しろ拙者の剣はあまりにも斬れすぎる故」
すらりと抜かれた白刃が閃いた。
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