女たちの過去!

 そのまま岩山の細道をどんどんどんどんのぼり、やっと山頂が見えようかという頃、ドォは足を止めた。

 その後ろからぞろぞろぞろぞろついてきていたマストゥたちも、いきおい足を止めざるを得ない。


「ほら、ここまで来れば聞こえるでしょ」


 彼女の言葉に従って耳を澄ますと、岩から染み出すように微かな音が聞こえた。


「ドラムだ、ドラムが鳴ってやがる」


「それに、ギターも」


 ドォがニヤリと笑う。


「ねえ、もっと近くで聞きたくない?」


「いや、別に……」


「聞きたいわよね!」


「あ、はい……」


「じゃあ、ついてきて」


 ドォはそこにあった岩の隙間にするりと潜り込む。

 それは人間ひとりがやっと通れるような、やや狭い隙間だ。


 ドワーフであるドォは、もちろんするりと潜り抜けた。

 女性であるヴィシャスとマーリアも難なく入り込めた。

 しかし、少し背の高いキッシーは入り口の上部に頭をぶつけた。


「いてっ、でござるな」


 キッシーよりもさらに背の高いマストゥは、臆して立ち止まる。


「おいおい、そんな狭い穴倉に大勢で入れるわけないだろ」


 キッシーがふっと振り向いた。


「これがびっくり、中はずいぶんと広いようでござるよ」


「ええ~、ほんとかぁ?」


「それに……聞こえるでござろう、熱い音楽ロックが」


 キッシーの肩越しに聞こえるドラムのビート、そしてやたらとかき鳴らされるギター。

 マストゥは静かに頷く。


「ああ、熱いな。うまくはないが、まったく熱い……」


 どうやら演奏はこの奥……洞窟の中で行われているらしい。

 だとしたら中は、外から見るよりもよほど広いのだろう。


「よし!」


 意を決して、マストゥは身をかがめた。

 狭い入り口をくぐると、真っ先に洞窟に反響した「うわん」とわめくような大音量が耳孔に満ちた。


「こ、これは?」


 入ってみれば入り口から想像したよりもずっと広い。

 とはいっても、マストゥが五歩も歩けば向こう側まで行けてしまうであろう狭さのここは……ライブハウスだ。


 洞窟の一番奥には人間も乗れそうなほど大きな舞台が作られ、そこでは今まさに、一組のドワーフバンドが熱のこもったリハーサルを行っている最中だった。


 舞台の下は平らにならされたフロア、客席はない。

 これを見たヴィシャスがニヤリと笑う。


「いいコヤじゃないか。狭くて一番後ろの客の顔まで見える、わたしは、こういうところで演る方が性にあってるんだ」


 ましてリハーサルしているバンドは結成して日が浅いのか、演奏の息が微妙に合っていない。

 ギターはただただかき鳴らすばかりの悲鳴みたいなプレイだし、ドラムなんか叩き破れと言わんばかりに打ち鳴らして耳に痛いばかりの打音だ。

 おまけにベーシストはすでに体力が底を尽きたのか舞台の端に寝転んでぐったりとしている。


 ヴィシャスがマストゥに向かって言った。


「私たちも最初の頃はこういうコヤで演奏してたんだ。何しろ他人と音を合わせることに慣れていなかったわけだから、ああやってただがむしゃらに演奏するのが正しいと思い込んでいたね」


「へえ、天下のセクシャル・ソードが?」


「誰でも最初はそこから始めるもんだろ、音楽というものは」


「確かにな」


 そのころの、熱いハートで鳴らしていたビートを思い出すのだろうか、ヴィシャスはつま先でリズムを刻み、今にも演りだしそうだ。


 そしてもう一人、意外な反応を見せた人物が……。

 マーリアが突然、こぶしを大きく天井に向けて突き上げた。


「う゛ぉい!」


 可憐な乙女の口から発せられたとは思えない濁声。

 英語のように滑らかに「ヴォ」と発音するのではなく、喉を絞って野太く濁った声。


「な、なに?」


 驚く一同をよそに、我を忘れて頭を激しく前後に振るマーリア。

 どうやら彼女は、舞台の上で演奏される曲にノッテしまっているらしい。


 何しろ演奏は熱いばかりでデタラメなのだから、マーリアのヘドバンもデタラメに、髪をばっさばっさと振り乱して半狂乱だ。


「ま、マーリアさん!」


 ヴィシャスが驚いて声をかけると、彼女は「はっ!」と目を見開いて動きを止めた。


 それから振り下ろした頭をゆっくりと上げ、サラリサラリと髪をなで梳かす。

 さらにシスター服の肩のあたりをきれいに整え、スカートの裾を撫で整え、すうと軽く息を吸った。


「うふふ、素敵な演奏ね」


 その表情は柔らかく聖母のように微笑んでいるが、もはや誰の目もごまかされない。

 一同は確かに、間違いなく……雄たけびをあげて髪を振り乱す『一頭のバンギャ』を目撃したのだから。


「あの……あの……マーリアさん?」


 次に口を開いたのはドォ。

 彼女はおびえながらもマーリアに何かを訊ねようとしたが、それよりも早く、舞台の上から声がした。


「あれ? あんた、トラップさんとこのお姉ちゃんじゃない?」


 演奏はぴたりと止んでいる。

 洞窟の固い天井に朗らかな声が反響して、少し耳ざわりなほどだった。


「やっぱりそうだ、ドォちゃんだよね? ほら、覚えてないかな、おじさんのこと!」


 声の主はどうやらボーカル、舞台の中央に立った中年ドワーフだ。

 彼は舞台から飛び降りてドォに駆け寄り、なれなれしく彼女の頭を撫でた。


「いやあ、すっかり大きくなっちゃって、お母さんそっくりの美人さんじゃないか!」


 ドォの方は不快そうに眉をしかめる。


「……誰?」


 中年ドワーフはそんなことは気にもならないらしく、楽しそうに声をあげて笑った。

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