鳴らせよ! 母のドラム!

 やがて舞台の上へと運ばれてきたのは一組のドラムセット……もちろん、マストゥたちから見れば手のひらサイズ。

 ドワーフ専用のものであることは一目瞭然だ。


 キッシーが身をよじってほめたたえる。


「か~わ~い~い~、でござるぅ!」


 しかし、たとえ可愛らしいサイズだとしても、ドワーフにとっては実の用をなす本物の楽器なのだから、しっかりと作りこまれている。

 目に痛いぐらいピカピカ光るメタルなレッドに塗られた胴こそ一昔前っぽいが、それにホコリの一つもついていないというのは、これがよく手入れされている証だ。


 中年ドワーフが爪楊枝のようなドラムスティックをドォに差し出す。


 ドォは迷うことなく手を差し伸べる。

 その手つきは人差し指と親指でスティックを迎え入れるような、繊細な動きで。


 それを見ていたヴィシャスが、マストゥに耳打ちする。


「あの子、未経験者じゃないな」


「そうなのか?」


「ああ、素人なら手のひらを開いてスティックを握るだろう」


「そういうもんなのか……」


 そんな二人の目の前で、ドォが軽くスティックを打ち鳴らす。


「ワン、トゥー、スリー、フォー!」


 そして打ち鳴らされる、至って基礎的なエイトビート。

 中年ドワーフはちょっとがっかり感を隠せない。


「なにこれ、もっとこう、『ズババババババン!』って鳴らせないの?」


 しかし、演奏の場数を踏んだヴィシャスとマストゥの反応は違った。


「すごいな、あのドラム」


 マストゥが驚いたのはそのドラムの性能に。

 何しろ小さなミニチュアドラムなのに、普通のドラムと全く変わらぬ音が出るのだから。


「ああ、それに、あの子もすごい」


 自らもドラマーであるヴィシャスは知っている。

 基礎のリズムを叩くドォが、たった一音もミスをしないことを。


 基礎というものは最低限身に着けておくべきことでありながら、その完全なる習得には並々ならぬ努力が必要なことを。


「まじめな、いい音だ」


 この様子を見た中年ドワーフが、おろおろと身を揺する。


「え、え? この子、もしかして腕いいの?」


 ヴィシャスが深く頷く。


「ああ、これからの練習次第でいくらでも化ける可能性を秘めた……原石だ」


「そ、そうなの?」


「元セクシャル・ソードの私が保証する。この子は……いい奏者になるだろう」


 中年ドワーフはとたんにニコニコ顔になり、いくつか手を打った。


「はいはい、ストーップ、合格、合格だよ~!」


 なにが始まったのかと全員が注目する中、中年ドワーフは舞台上のドォに向かって両手を広げる。


「素晴らしい演奏じゃないか! ウチの二十周年記念ライブに参加させてあげるよ!」


 まるで出演の合否を握っているのは自分だと言わんばかりの偉そうな態度。


「もっと叩きたいだろ、そのドラムを、さ」


 中年ドワーフがニヤリと笑うと、ドォは少しうつむいて歯切れ悪くつぶやいた。


「え、でも……お父さんが……」


「だいじょうぶだいじょうぶ、ね、親父さんは古い顔なじみだから、あたしからうまく言ってあげるからって、ね、演っちゃいなさいな!」


「でも……」


「デモもストもな~いの、はい、決まりっ!」


 この強引なやり方に抗議の声をあげたのはマーリアだ。


「う゛ぉい!」


 長い髪を顔の前に垂らし、その隙間からぎょろりと中年ドワーフをにらみつけ……完全に病みモードだ。


「あ~ん~た~は~」


「な、なにかな?」


「未成年を労働させようなんて、この、極悪プロモーター!」


「そうじゃない、そうじゃないんだ、未成年だからこそ演奏の経験とチャンスを、それがアーティストを育てるということだろう?」


「そんな耳ざわりのいい言葉にだまされたりしませんから。自分が演奏するかしないかを決めるのはアーティスト自身、それが音楽ってものじゃないの?」


 マーリアはばっさばっさと髪を振り乱し、さらに言葉を続けようとする。


「だいたいねえ、女が音楽なんか……」


 これを制したのは、ドォの声だった。


「やめて、マーリアさん」


 彼女の声はその小柄な体からは想像もつかぬほどに強く、そして決意に満ちていた。


「私、このドラムで……お母さんのドラムでプレイしてみたい」


「でも……」


「デモも天使もないのよ、さっきマーリアさんが言った通り、それを決めるのは私自身だわ。私は……このドラムでプレイしたい!」


 ドォは、中年ドワーフの方に向き直り、深々と頭を下げた。


「お願いです、私に演奏をさせてください」


「もちろんだとも! 親父さんにはあたしから……」


「いえ、それも自分で。じゃなきゃ、お母さんに申し訳が立ちません」


 ドォが、ドラムの表面を撫でる。

 いとおしそうに、ゆっくりと。


「さすがパパの人生最高傑作と呼ばれる名品……ママのこと、大好きだったのね」


 静かに微笑む彼女の横顔にかける言葉など、そこにいる誰もが持ち合わせてはいなかった……。

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レベル99の吟遊詩人がパーティーをクビになったがテンプレートに収まらないのでまずは(作者が)○ろうから逃げてみた 矢田川怪狸 @masukakinisuto

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