ツンデレ女魔族、音楽の街へ行く
彼らが次に向かったのは『音楽の街』と呼ばれるウェーンだった。
街の入り口にはここに町を開いた伝説の吟遊詩人、ノリス=チャックの銅像が建てられている。
その銅像に見守られるようにして広がるレンガ造りの街並みは美しい。そのうちのいくつかは吟遊詩人を育成するための専門機関や、音楽を教える学校であり、いつも町のそこかしこで音楽が鳴っている。
それ故に『音楽の街』。
銅像の前を通りながら、ヴィシャスがマストゥの袖を引いた。
彼女はもちろん、人間の街に潜り込むために帽子で角を隠しており、可愛らしいお嬢さんが彼氏に甘えて何かを訊ねる、そんな風情だ。
「なあ、私は人間には詳しくないのだが……吟遊詩人っていうのは銅像がたつような英雄職なのか?」
「それって、『勇者みたいに活躍するわけじゃないじゃん』って、そういう嫌味?」
「いや、嫌味ではなく、ソフトな言い回しというか……」
「つまり、ソフトに俺をdisりにきたと、見た目はかわいいのに、キツイね」
「ええっ、か、かわ……かわいい?」
うろたえるヴィシャスの額を、マストゥは指で軽く小突いた。
「ばっか、バンドマンが女にかわいいなんて言うのはみんな下心あってなんだよ。この町じゃ、そんなんでいちいち動揺してたら、あっという間に夜のおもちゃにされちまうよ」
「よ、夜のおもちゃ? おもちゃなのに、昼用とか夜用とかあるのか?」
「ああ、アンタ、おぼこか」
「お、おぼ?」
「いいから、ここでは俺から離れるな」
マストゥがヴィシャスの手をきゅっと握る。
彼女は「ぴいっ」と意味不明な声をあげたが、その手を振りほどこうとはしなかった。
「わ、わかった。私はあまりにも人間の世界に不案内だ。よろしく頼む」
「あんた、ときどき、本当にかわいいな」
「そ、それを信用しちゃいけないんだったな。よし、覚えた」
マストゥはそんなヴィシャスを撫でてやる。
もちろん、帽子がずれないようにそっと。
「よしよし、いい子だ。つうことで、さっきの質問にちゃんと答えてやろう」
「頼む」
「吟遊詩人が銅像にまでなるような英雄職かって話だが……じゃあ、何でお前は俺を追いかけてきた?」
「それは、お前が強いから……サシで戦いたかったからだ」
「それな。吟遊詩人だって強い奴はいる。特にこの銅像の男は、レベル99のさらに上……神の領域に至ったといわれる大英雄だ」
「それでも、勇者の一群と対峙した時……お前はパーティの中で冷遇されているように見えていたのだが……」
「あ~、アンタ、よく見てんね~」
確かに吟遊詩人は、戦闘時に重要視されない。
マストゥがいたようなパワー重視のパーティ編成では特に。
「まあ、俺はレベル99だったから音波攻撃もそれなりに威力はあったし、特に広範囲に攻撃を及ぼせるって意味では攻撃メンバーとしても強かったけど? それでも、本来は吟遊詩人っていうのはテクニカル職だ」
「確かに、前衛に吟遊詩人が置かれているっていうのは、あまり見かけないもんな」
「歌の力で味方を鼓舞して攻撃力をあげたり、簡単な傷を治す癒しの歌を歌ったり、それが本来の吟遊詩人だからな。ところで、この銅像の爺さん、それらを極めてたから、こいつが歌う軍歌で死者がすべて起き上がり、動く死体となって戦ったって伝説がある」
「うわ、えっぐ……」
顔をしかめた後で、ヴィシャスはハッとする。
「まさか、アンタもそれ、できるのか?」
「まあ、できるっちゃできるけど、やらねえな。死者の安息を奪うなんて、俺のロック魂が許さない」
「そうか……うん、アンタのそういうところは好き……」
再びハッとするヴィシャス。
「ち、違うからな! 好ましいという意味の好きだからな! ラヴじゃないんだからな!」
「ツンデレかよ」
マストゥは口元だけでニヤリと笑う。
それから彼は、ヴィシャスの手を引いて歩きだした。
「ど、どこに行くんだ」
「決まってる、まずは楽器屋だよ」
「楽器を買うのか?」
「ほかに楽器屋で、何するっていうんだよ」
「ベーシストを探すのかと……」
「あ~……」
マストゥは頭を掻いた。
「いらないんじゃないかな、ベースは」
「なにをいうか! ベースがあるとないとでは、音の厚みが全然違う!」
「そうなんだけどな……お前とページがすごすぎて、並みのベースじゃ間に合わないんだよな……ま、前向きに検討するってことで」
「ちゃんと検討しろよ、約束だからな!」
ヴィシャスの強い語気に驚いて、すれ違う人が振り返った。
しかし角を隠したヴィシャスは、どう見ても人間の若い女にしか見えない。
おまけにマストゥに手を引かれているのだから、どこをどう見てもありきたりなカップル。
だとしたら、約束というのもほほえましいものに違いない。
立ち止まった通行人は微笑みながら立ち去った。
こうして二人は誰に見とがめられることもなく、『ディーコン音楽館』の扉を開いたのであった。
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