ゲット! 伝説のベース!

 マストゥがこの店を選んだのは直感――つまりあてずっぽう。

 まあ、いちおうは大通りに面した、それなりに大きな店ではあったが。


 しかし扉を開けてすぐに、マストゥは後悔した。


「おいおい、ここは廃墟かよ」


 広い店の中に商品はほとんどない。

 床には大きなドラムセットが一つとこまごました楽器を並べた棚がひとつきり。


 壁をみれば、かつてたくさんの楽器が並んでいたであろう名残はある。

 楽器をひっかけるための金具が何本も突き出しているのだ。


 しかし今はそこにあるのは二本のアコギだけ。

 それも初心者用のトロ臭そうなやつだ。


 店の奥から、店主がぬっと顔を出した。


「おや、いらっしゃい」


 このおやじ、挨拶も地味だが、見た目も地味である。

 年相応に後退した広い額も、人のよさそうな顔立ちも、何もかもが地味。


 それでも商売っ気は地味ではないらしい。

 おやじはひどく愛想よく笑った。


「ごらんのとおり、うちは閉店セールだ。在庫品はすべて半額にするよ」


「在庫って……高級な奴は裏に隠してあったり?」


「いや、あとは店に置いてあるだけ、売り尽くしセールだ」


 ぐるっと店内を見渡すが、めぼしいものはない。

 ドラムセットは少し埃をかぶってさみしそうだし、アコギに用はないのだ。


 しかし、会計台の裏を覗いたページだけは、驚きの声をあげた。


「お、マウンテンウェーブ社のCCじゃねえか!」


 おやじが本物の善人に特有の、少し困ったようなあいまいな笑みを浮かべる。


「いえ、それは売り物じゃないんですよ」


「売り物じゃないってことは、あんた、ベーシストか?」


 マストゥたちは色めき立つ。


 マウンテンウェーブ社といえば、音の正確さでは右に出るものがない有名楽器メーカーだ。

 その正確さから初心者向けの楽器を量産しているイメージが強い。


 しかしCCシリーズは、その音の正確さからプロにも愛用されている隠れた名品である。

 もっとも、プロといってもピンからキリまでいるわけで……


「ふう……」


 おやじはさみしくなった額を撫で上げてから、ベースを手に取った。


「君たちは、どうやらバンドメンバーのようだね。これに気づいたということは、そちらの彼がベースかな?」


 ページはそれを否定する。


「いや、俺はギターなんで。そういうつながりで、それをしっていただけで」


「ふむ、じゃあ、そっちのお嬢ちゃんかな? 女性ベーシストというのは舞台映えするからね」


 話を振られたヴィシャスは、当然否定。


「いや、私はドラムだ」


「わかった、わかったぞ! そっちにいる地味顔のキミ! 君がベースだな!」


 さすがのエドゥも、この失礼には少し腹を立てたようだ。

 ぶっきらぼうに言い放つ。


「サブボーカルとハープ!」


「まさか! ベースがいないのか、このバンドは!」


 ひとりハブられたマストゥが声をあげる。


「俺には『君がベースか?』って聞かないのかよ!」


「ああ、だって君は派手で賑やかしくて、おまけにリーダー気取り……どう見てもベースってタイプじゃないからね、どうせメインボーカルだろ?」


「ぐぐぐ、当たってるけど、なんかムカつく」


 マストゥの地団太すら、親父は気にしない。

 弦をいくつかポロン、ポロンと弾いてチューニングを始める。


「ふう、久しぶりだな、相棒。まだ歌えるか?」


 がばっと立ち上がり、おやじは最初の一音を奏でた。

 それはギュオオオ~ンと長く尾を引く、印象的な音だった。


「つまりあんたたちのバンドにはベースがいないと」


 ギュンギュンギュオンと音を刻みながらの言葉。

 マストゥはこれに答える。


「いないわけじゃない、うちはギターもドラムも、そしてボーカルである俺もレベルが高いから、ちょっとやそっとじゃ見つからないだけだ!」


 おやじのベースはギィギュギュ~ンと歌った。

 マストゥはそれに負けじと大声を張り上げる。


「だからぁ! よかったらぁ! うちのベースとしてぇ!」


 突然、心地よくうなっていたベースが沈黙した。

 あとには、ベースを抱えた地味なおやじがたたずんでいるばかりだ。


「無理だ。バンドなどやるには、わたしはいささか年を取りすぎてしまった」


「そんなことないって、いまのシビれるサウンド……さぞかし名のあるグループで演ってたんだろ?」


「昔の話だよ、遠い、過去の栄光さ」


 おやじは手にしていたギターをずいっとマストゥに差し出した。


「わたしは君たちにはついて行かぬよ、でも、代わりにこいつを連れて行ってやってほしい」


「いや、ベースだけもらっても、これを弾くベーシストがいないから……」


「知らないのかね、良い楽器は自らをつま弾いてくれる奏者を引き寄せるものなのだ」


「あ~、勇者の装備が自らを装備する勇者を導く的なあれね」


「私にはもはや、この相棒を弾きこなしてやれる若さがない。きっとこいつは、自分で新しい相棒を見つけるんだろう」


「そんなうまくいくもんかねえ」


「いいじゃないか、物は試し、まあ、ベース一本、得をしたと思って、持っていきなさい」


 半ば強引にそのベースを押し付けられて、マストゥたちは『ディーコン音楽館』を後にしたのであった。

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