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 多重人格――正確には解離性同一性障害――過酷な状況下で自分ではない誰かになり替わりたいという願望に起因して引き起こされるのが主である。通常、多重人格者は複数の人格を持ち、その数は平均して七人ほどである。幼児、老人、攻撃的な人格、支配人格、異性人格、時には人間ではなく動物であることさえもある。

 イマジナリーフレンド――解離現象に分類される。幼児には珍しくなく、架空の友達とままごとをするなどといった現象である。通常、思春期以降は見られない。本人にだけ『見えている』のが特徴であり、幻覚の一種ともいえるかもしれない。

 雅にとっての才子は、目に見えているわけではなく対話は意識内で行われており、雅・才子双方が才子が実在しないことを知っているので厳密にはイマジナリーフレンドとは別のものであるが、類似する症例が見つからず、暫定的にイマジナリーフレンドのようなもの、としている。ただし解離症状の一種に列せられるのは疑いが無い。

 雅の場合、人格間の入れ替わりが特に激しく、また主人格である雅の代わりに副人格の一人であるサイコが身体を支配している時間が圧倒的に多いという点が特徴である。


 高校生二人は携帯電話を片手に多重人格や解離症状について調べながら、目の前の少女――に見えるが、彼女は今青年の人格を現わしている――から聞いた話を纏め上げた。

 先程、悟という人格が現れてから幾ばくも時間を置いていない。しかし、現在現れている人格である文也によれば、内部では何日も経過しているのだという。その間、新しい人格が生まれてさえいると。

「時間の流れが違うとは聞いていたけれど、これ程とは」

 青年の人格には不似合いな細すぎる手首を折り曲げながら言う。

「サイコは眠ったままで悟が居なくなってから文也が出てくるまで寝てただけだしな」

 高校生のうち、年長の方が応じる。彼らはともに、合流できたという感覚を覚えていた。

「こっちの才子も今、行方不明で。このサイコは僕が戻るか『消える』かすれば戻ってくるのだろうけれど」

 イマジナリーフレンドの才子は文也に全貌を明かし、胸中と雅の幼少期を語って間もなく部屋に引きこもり、そのまま行方を眩ましたのだという。

「イマジナリーフレンドが消えたらどうなるんですかね?」

 高校生のうち、後輩が疑問を投げる。

「聞いている限り、雅の才子への信頼は相当厚い。心の支柱が崩れ去る危険が高い」

「才子は居た方がいいと」

「そうとも言い切れないよな。治療の観点から見れば」

 高校生と副人格が集まっても医師ほどの見解は持てないのだけれども、彼らはそれぞれにサイコと才子、雅への思いを強くしており、彼女たちのためになる最善策を考えずには居られないのであった。

「人格であるはずのサイコが館には居ないのは何故なんでしょう」

「館に入る暇もないほど出ずっぱりっていうところか」

「じゃあ、雅はどこにいるんだ?」

「それなんだよな」

 肝心な主人格の所在が、才子との面会以外確認されていないのが問題であった。しかも、才子との面会も実際に見た人物がいるわけではない。

「寧ろ、その主人格であるはずの雅が最も薄くなっている」

「有り得るんでしょうか」

「当然、レアケースだとは思うけれども有り得なくはないんじゃないか? 才子だって普通のイマジナリーフレンドとは性質が異なるみたいだし」

「……こういう可能性は無いか? 雅がイマジナリーフレンドである才子を基に、サイコを演じている……とか」

「え?」

 文也の推察に高校生二人は頭を傾げた。

「一見、別人格に見せていて、実は人格交代は行われていない。才子に憧れるあまり、才子になろうとしている……とか」

 自信なさげに文也は続けた。

「何があってもおかしくはない精神状態なんだろうけど、才子と雅の関係性が分からない以上は何とも言えないな」

「そこなんですよねぇ。二人で何を話していたんでしょうか」

「僕もそれを才子に訊きたくて、そうしたら消失してしまったもので。才子が今まだ雅の意識下に残っているのかさえ不明だし、雅に関しては全く誰も会話すら出来ていないし姿も見ていない……って、今この身体が雅なのだろうけれど」

 文也は下を向いて自分の心臓のあたりを見ている。身体が自分のものではないという奇妙な感覚はあった。


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