才子13

 瑠璃子とスティーブが居なくなると、広間はこんと静まり返った。時折、満咲ちゃんの崩した積み木の音が聞こえるくらいだった。

 才子は不在だった。『上位存在』と面会中なんだろうと悟が言っていた。何故かと聞くと、スティーブが『吉田さん』の記憶を持っているからだという。過去にもそうした人物が現れると才子は一日何処かへと姿を眩ませるらしい。

「『上位存在』との面会ってどこでやってるんだ? 才子は外には出ないんだろう?」

「向こうが来るんだよ。才子にだけ会いに」

 驚愕した。出入り口がないのにどうやって入るんだ?

「『上位存在』ならば何でも可能だっていう事だ。人ひとり簡単に消して、関連する記憶を数人の人間から奪い去るような存在だ。全知全能みたいなものだ、ここではな」

 とんでも能力だな、それは。才子に訊きたいことは山ほどあるが、少なくとも今日一日はお預けらしい。


 昼、夜。飯時になっても才子とバカップルは現れなかった。才子はともかくあの二人は何をしているんだか。いや、考えるまでもないのだけれど。

 ここまでの可能性として――テレビの企画、心理実験、『上位存在』個人による拉致監禁。最後のは個人で行うには少し大掛かりすぎるから考えにくい。個人って言ったって大金持ちのお嬢様ならこの人間おもちゃ帝国を築くのも可能なのだろうか。しかし意図的に部分的に記憶を消すなんていうのはそうそう簡単に出来るようなもんじゃない。

「悟」

「耳に障る」

「毎度、悪いな。才子と『上位存在』はどこで面会してるんだ?」

「才子の部屋」

 そこまで分かってるのか。悟は関心がなさそうでいて、滞在が長いためか事情通ではあるらしい。

「言っとくが、才子の部屋には入れないと思う」

「来客中だからか?」

「それもある」

 どういうことだ? 才子は悟ほどは人に対して拒絶反応を示すようには見えないのだが。


「あ、誰か来たー」

 満咲ちゃんが突然飛び上がった。この子の頭にはその手のアンテナがあるらしい。

「才子はおらんがのう、迎えに行っていいものかのう」

 Gさんが心配そうに呟く。

「大丈夫じゃないですか? ……もう行ってますし」

 てててと可愛らしい足音とともに満咲ちゃんは部屋の外に飛び出していった。

「もう次か。最近早いな。誰かが消えたわけでもないのに」

 悟が不審そうに呟く。

「今までは消えた人員の補充っていう形だったのか?」

「いや、そうとも限らない。誰も消えずにただ増えるだけのこともある」

 人数上限が設けられているわけではなさそうだ。それならばそう不審がらずとも良さそうなものを。

「『上位存在』が不安定すぎるのか? 才子が何か失敗したか……」

 悟は珍しく危機感を抱いている様子だ。それと同時、空気を劈くような叫び声が上がった。

「満咲ちゃん!?」

 幼子のそれはすぐに発生源を特定できた。俺と悟は顔を見合わせると、どちらが先か、立ち上がって廊下を駆け出した。

 長い長い廊下、真っ白な天井と床と壁、ずっと続くかのような――。

 その先で一点、赤い色と鉄っぽい匂いが確認できた。二人の武装した男女が立っている。腕には銃を手にしていた。

 そこだけ赤い床に転がっているのは――満咲ちゃんだった。

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