才子12
スティーブの髪色は明るかったし、瞳は青かったけれど、それらが人工的なものであるのは一目瞭然だった。整っていながらも日本人の顔立ちをした彼は、我が身を外国産に見せるのに必死だったようだ。
黒い瞳孔が僕を見据えていた。
「『吉田さん』について?」
僕は瑠璃子が化粧直しのために離れた隙を狙ってスティーブに話し掛けた。話題はもちろん今は居ない『吉田さん』についてだ。
「これを見てほしい」
日記帳をスティーブに差し出す。スティーブは読み物は苦手だなどと文句を垂れながら、才子によって用意された重厚すぎる日記帳を開いて目を通した。
「ああ、目がシパシパするぜ」
それはカラーコンタクトの所為もあるだろう、思ったけれど言わなかった。何故彼が『吉田さん』を知っているかの方が余程重要だったから。
「ともかく、あの姉ちゃんは吉田っていうのか。何で名字だけなんだ?」
「いや、それは誰にも分からない。ただ、『吉田さん』と呼ばれていたみたいだ」
「みたいだ……って、知り合いじゃねぇのかよ」
「もう誰も彼女を覚えていない。君しか。どうしてここに来る前の事を知っていた?」
「そんなおっかない顔するなよ。そうだな、廊下で目が覚めて、大体見当がついた。満咲が迎えに来ることも予想してたら、やっぱり向こうからひょこひょこ来た。頭が痛くてそれどころじゃなかったけどな」
「この後に何が起こるかは分かるか?」
「さぁな。俺は預言者じゃねぇんで。それよりお前らがこの吉田っていう姉ちゃんを忘れちまうっていう方が不思議じゃねぇか?」
「『消えた』次の朝にはもう何も覚えてなかった。僕の場合はその記録があったから、存在していたことを知っているだけだ。聞いた話、これまでも何人も消えてる。それで、誰か居たことは覚えているけれど、それが誰でどんな人物で、どんな話をしたのかは忘れてしまうらしい」
「気持ち悪い話だな」
「うん……この館は不可解なことばかりだ」
スティーブは外国製の派手な色の煙草に火を点けた。喫煙者らしい。
「言ったら才子がくれた。ここではヤニもタダなのな。好待遇だよな」
そんな些細なことだけでこの監禁状態が許されるものだとは思えないのだけれど。スティーブが深く息をして煙を吐き出すと、やたら甘ったるい匂いが漂ってくる。咳が出そうなのをぐっと堪える。
「スティーブの知る『吉田さん』はどういう女性なんだ?」
「いつも本を読んで、あとは何か調べ物をしてたろ。ここに書いてある通りならこの館について調べてたんだろうな。それまで黙ってたのが、お前に話したことで明るみになって、その、『消えた』? ……んじゃねぇかな」
「僕に話したことで?」
「ああ、どっかで誰かが見てんだろ。俺もどっかで見てたはずだからな。そういう奴が他にも居て、真相が分かるや広まる前に粛清されるんじゃねぇか? それが『消える』ってことなんじゃねぇの?」
「誰に?」
「ここに書いてある『上位存在』ってやつじゃねぇか? あ、それかゲームだったりしてさ。当たった奴にはご褒美として外の世界に野放しされるってのはどうだ? こっちの方が面白そうだしやる気が出るな」
「『消えた』後のことが分からない限り真相を探るにはリスクが高いけどな」
「でも知りたいし出たいんだろ? お前は」
「そうだな」
「いいとこなのになぁ。外よりよっぽどいいと思うぜ。生きにくいだろ、あんなもん」
「外の事も覚えてるのか?」
驚いて訊き返す。記憶が残っている人物は初めてだ。
「ああ……いや、覚えてはいねぇよ。なんとなく口から出ただけだ。なんなんだろうな」
何にせよ、聞いている限り、記憶の面ではスティーブは僕たちの中で一番、或いは才子の次に、外に近いようだった。
「スティーブ! 準備オッケーだよ!」
その時、甲高い声が広間に響いた。瑠璃子がスティーブを呼びに来たのか。ああ、始まるのだ。
ちらりと瑠璃子の顔を見ると、念入りに化粧を施したのだろう。二割増しに美しくなっていた。紛い物だとはバレバレなのだが。
まつ毛はつけまつげでもしているのか人形のように濃くなっているし、黒目も大きくなっている。目の周りはきらきらと光っていて、頬は何かを期待する――或いはさせるように――淡く染め上げられていた。唇もしっとりと潤っている。明るい色の髪は艶やかに流され、片側にまとめられている。
下着も勝負下着っていうやつなんだろうな。恐らくは。
「おお、瑠璃子可愛いじゃん」
「ホント~? スティーブがそう言ってくれると嬉しい!」
相変わらず語尾にハートマークを散らかしながら瑠璃子は広間に居る他の連中には目もくれず、スティーブの腕を取って大きく開いた豊満な胸を押し付けている。
「ほんっと待遇いいよなぁ」
スティーブが満更でもなさそうなのが救いだ。バカップルのような二人は、満咲ちゃん以外は全員これから行われることを理解している行為に向けて意気揚々と退室して行った。
僕は悟の方をちらと見たが、別段気にする様子も喜んでいる様子も見えず、いつものように隅で体育座りをして、目にかかる黒い前髪をいじっている姿だけが映ったのだった。
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