才子11

 昨夜のGさんとの話で、夜中起きて来訪客があるかどうかを知りたかったが、いつの間にか眠ってしまっていた。

 監獄実験では初期の予定を大幅に短縮して実験中止となったらしい。後遺症に悩まされる人も居たそうで、以降は同様の実験は禁忌とされている。ここで起こっているのが何らかの実験である場合、それはごく秘密裏に行われているのだろう。

 必要な時に外に出る――才子はそう言っていた。そして才子自身は拒否していると。外に出る時は眠りに落ちると瑠璃子は言っていた。夜中に時限的な薬でも投薬されているのだろうか。そして何らかの方法で外に運び出される……?

『上位存在』が実験の主導者だとして、僕が彼女に選ばれるのはいつになるのだろうか。『消えた』後は普通に外で生活が送れるのではないだろうか。僕らが『消えた』者を覚えていないのは外で出会った時に気付かせないため……?


 朝食の時間。悟はやはり何も食べない。知っている限り三日三晩以上の絶食だ。これが実験であるならば悟が生き永らえているのも何らかの、例えば点滴などの処置によるものなのかもしれない。

 スティーブは何を食べるのかと思ったら、朝からハンバーガーを齧っていた。元々好きなのだろう。一発で当たりだったらしく、味覚の異常にも気付いていない様子だ。

「お前ら、そんなんじゃ栄養が偏るぜ」

 などと言っている。

 僕は早速スティーブに『吉田さん』について訊きたいと思っていたのだが、瑠璃子が引っ付いて離れない。

「ええー、偏るって言ったって瑠璃子太りたくないしー」

 若干音程の高い声を発しながらべたべたとスキンシップを取っている。よもや事後ではあるまいな。いや、訊くのは止そう。どちらにせよ時間の問題だ。

 僕は無難にGさんに話し掛けることにした。

「Gさん」

「おお、珍しいのう。食事時に話し掛けてくるとは」

「スティーブに瑠璃子がべったりなので。『吉田さん』について訊きたいのですが」

「瑠璃子はあれは仕方ないのう。ああいう性はそう治らんもんじゃろ」

 Gさんは事も無げに言う。流石ご老公様、人生経験が違うのだろう。

「昔、監獄実験というのがあったのですが、才子に頼んで関連書籍を取り寄せて読んでみたんです。被験者を看守役と受刑者役に分けて疑似牢獄で生活をさせるというものです。区分はされていませんが、僕たちの状況に少し似ていますよね」

「ふむ、そうじゃな。しかし悪趣味な実験じゃのう」

「はい。結果、看守役が暴走し、権威的になり受刑者役を虐め始めたようで、実験は途中で中止になりました。以後、同様の心理実験は実施が制限されているようです」

「無理もないことよのう」

 コーヒーを啜るGさんは何処か他人事のようだった。少しイライラする。

「実験後、精神面で後遺症が残った受刑者役も居るそうです。合意の上だったとはいえ酷いとは思いませんか。そしてもしこの状況も同様の心理実験だとしたら」

「だとしたら、これほど日々穏やかに過ごせるかのう」

 拍子抜けした。確かに僕たちの日々は奇妙なことだらけながら安泰で、食事は摂れるし、基本的には何をするにも自由だ。欲しいものは何処かから与えられる。Gさんは危機感を感じていないようだった。

「外の様子は気になるがのう。わしの年になるとこれほど安定した穏やかな時間を過ごせる環境も捨てがたいのじゃ。外に家族がいるとすれば話は別だろうが、覚えとりゃせん。わしもボケ始めとるのかのう?」

 Gさんがボケているわけではないことは明白だ。誰もそれまでの自分を覚えていないのだから。何らかの作為が働いている。そう思わざるを得なかった。

 それにしても本当に、これだけの人数の記憶を消すことが可能なのだろうか。成功例だけがここに集められているのか? 思い出したら『消える』のだろうか。

 才子は? 才子も覚えていないのだろうか。彼女だけは僕たちとは別の待遇として扱われている。滞在歴が長い、僕たちと同列の長とのことだけれども、才子は外部から用意された管理人のようなものなのかもしれない。事実、物資は彼女を通さないと手に入らない。逆に言えば、彼女だけは外部といつでも接触を持てるのではないだろうか。或いはこの広い館内のどこかに備蓄庫や図書館があって、才子はそうした部屋の鍵を持っている……?

 僕が頼んでから才子が調達してくるまでの時間はとても短い。やはり、外部から受け取るよりは館内に図書館があるという方が現実的か。それに才子は外には出たがらないのだし、外から配達人が来るならば出入り口があるはずだ。





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