才子21

 また、誰か消えた。二人目の名前は『悟』というらしい。記録によれば、何も食べず、部屋の隅で縮こまっていたという青年だ。影響が無さそうな人物像に思われるが、僕は『悟』から煙たがられながらも様々な情報を得ていたらしい。

『上位存在』について初めて言及したのも彼だったようだ。彼からの情報なしでは才子から話を聞き出すのも難しかったに違いない。

 しかし、『吉田さん』と同様に、『悟』個人に対しては何の感慨も生まれてこなかった。知らない人なのだから。


 満咲ちゃんが戻って来た理由は未だ不明だった。一度、消えかけたのかもしれない。それが何らかの外部圧力で、引き戻された……? そう考えるのが最も理に適っている。

 才子に訊いてもだんまりだったし、満咲ちゃんに訊くと眠っていただけなのだと言う。満咲ちゃんには深追い出来なかった。嫌な事を覚えていたとしたら思い出させたくない。しかし、発言内容や様子を鑑みるに、銃撃に倒れて死にかけた事は記憶にはないように思われた。そうしたら、満咲ちゃんの記憶にある『赤いの』って、何なんだ? 才子が黙秘する理由も分からなかった。


「誰か来たよ! 満咲、行ってくるね」

 それはこの一言に集約されていた。満咲ちゃんからも、襲撃の記憶が明らかに抜け落ちている。

「満咲、これからお迎えは私が行くわ」

「ほう、直々にか。この前もそうじゃが、どういう風の吹き回しかのう。この前のは満咲じゃったからかと思うとったがのう」

「詳しくは話せない。動揺を与えたくはないの」

 才子の黙秘は遠回しに僕たち全員を守っている。それに気付き始めていた。話すことで生じる不利益は館を揺るがしかねないし、被害も甚大なのだ。

「付いて来て」

 すれ違いざまに才子に言われる。事情を知る者となった今、才子は何かと僕に指示を出すようになっていた。


 廊下の真ん中、倒れていたのは煌びやかなドレスを纏った少女だった。年の頃は八歳くらいか?

「どうやら危険はなさそうだけど」

「これはまた一体……」

 どうしたことだろうな。どこからどう見ても中世ヨーロッパ風の、良くて貴族だが、どこかの王朝の王女様というべき身なりの良さなのだ。

「ううん……」

 身を起こしたお姫様は、横座りになったまま僕と才子に気付いたらしかった。

「あら、人が居るわ。不思議な格好ね」

 才子のは割とゴシックだから通じるものがあると思うのだが。Tシャツにジーンズといった簡素な格好の僕は、高貴な生まれと見える彼女には見慣れないのも無理はない。

「私はエミリー姫よ。以後、お見知りおきを」

 名乗ったことが意外だった。最初から名前がある。

「遠くアヤソフィア王国の王女ですの。日本の同年代の子と文通しているから日本の事は知っているわ」

 設定まである。架空の国の姫君という訳か。才子が横で溜息を吐いたのが分かった。

「エミリーね、よろしく。私は才子。この館は脱出不能なの。理由は話せない。たまに外に出ることがあるかもしれないけれど、絶対じゃないしタイミングは選べないわ。出る時は強制的。他にも何人か人が居て、私が最長滞在者だからこの館を取り仕切っているの。こちらの男性は文也よ」

「あ、ああ。よろしくエミリー」

 手を差し出すと小さな手が握り返してきたので、そのまま助け起こしてやる。

「部屋はあなたの思うものが用意されるわ。心配しないで。まずは広間に移動して、他のメンバーを紹介するわね」

 異国の姫君が突然現れても才子は動じない。流石というべきか。以前にもこうした夢見がちな設定付きの来訪者があったという事なのか。

 ともかくとして、僕らは新しい仲間であるエミリー姫を伴って広間へと向かった。驚きはしゃぐ満咲ちゃんの様子が目に浮かぶ。あの年頃の子はお姫様が好きだもんな。

 苦笑しながら、違和感を感じた。僕たちはある人物の別の人格の集合で、その中で初めて設定付きで過去の記憶があって、日本人と文通しているというエミリー姫が現れた。しかも過去の記憶は明らかに架空のものだ。

「なぁ、才子。エミリーって僕たちとは違うのか?」

「黙秘と言いたいところだけれど。あなたたちよりも私に近いかもしれないわね。私、覚えているもの」

 覚えている?

「過去に滞在していたのか?」

「そういう意味じゃないわよ。外部記憶の話。上位存在から流れ込んできた記憶よ」

 もしかして、文通相手って学童期の『上位存在』なのか……?

「まぁ、この館の素地を作った一端の存在ではあるかもしれないわ。丁重にもてなしなさいね」

 論調に変化が無いため、冗談なのか本気なのか分からない一言を付して才子の話は終わった。広間の前に到着したからだ。



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