才子22
「すごぉい! お姫様だ!」
扉を開けて早々に満咲ちゃんが駆け寄ってきた。年が近いのもあって嬉しいのだろう。にこにことよく笑っている。この子に死に瀕するような悲劇があったとは信じられない。
「あたし、満咲っていうの」
「わたくしはエミリーですわ。以後お見知りおきを」
「ふみゃー、オミシリオキってなぁに?」
「よろしくっていうことだよ」
「そっか。よろしくねエミリー姫さま!」
両手を繋いだ二人の間で手が上下されている。仲良くなれそうだな。見ていて微笑ましい。
「ちょっと、あれ何のコスプレ? っていうかマジなの?」
瑠璃子は失笑している。無理もないのかな。いきなり姫様が現れたわけで。一方、瑠璃子の肩に腕を回してソファに掛けているスティーブは口笛をひゅいと吹いて
「こいつぁ本物のお姫さん登場っていう訳か」
完全に面白がっている。いや、ギャグか何かだと思っているのか。
「アヤソフィア王国の王女だそうだ」
「ぷふっ、何よそれ」
「そんな国聞いたことないぜ?」
「架空の国だろうな。記憶があるらしいし、名前も最初からあった」
そういえばスティーブも自分から名乗ったな。満咲ちゃんが付けたのかもしれないが
「俺の場合、英名なら何でも良かったっていうかな」
さほど意味は無かったようだ。人工的な金髪碧眼は西洋人というかホスト風だとは思うのだけれども。それに比べるとエミリーは本物なのだ。色素からして違うのが分かるし、髪型は綺麗に巻かれた縦ロールだ。幼いながら育ちの良さを感じさせる立ち居振る舞い――王女を評して育ちの良さそうという表現は些か失礼な話なのかもしれないが。
「架空の国の姫様か。この館は本当にどうなっておるのかのう。まぁ、色々な人が現れて愉快ではあるがのう。退屈せんで済むからの」
Gさんはやや怪訝そうな呟きを漏らす。あれから、Gさんとも館についての話はしていない……というか、出来そうになかった。才子が秘匿している秘密を僕が漏らすわけにもいかなかったし、全貌も分かっていないのに上手く説明できそうになかった。
「父上は国政で忙しく、母上もその補助や慈善活動がございますから、わたくしいつも一人きりですの。お城の外には出られませんからお友達もできないし、家庭教師のお勉強から逃れたくともできないし、この館に来られたのは奇跡ですわ」
エミリーの記憶というのは随分練られた設定なんだな。真相を知っている僕はどこか冷ややかにエミリーと満咲ちゃんとの会話を傍聴していた。
「大丈夫だよ。満咲がお友達になってあげる!」
「感謝いたしますわ。ありがとう」
うふふと笑う少女たちの様子は微笑ましいのだが、これが人格の一つだとして、主人格は虚言癖でも持っているのだろうか。才子が言っていたことも気になる。僕らよりも才子に近い、と。ならばエミリーもまた『上位存在』と直接言葉を交わすことが可能なのだろうか。
「日本人のお友達はおりますのよ。文通をしておりますの」
はっとする。文通? 例えば、主人格が日記でも書いていたとして、それが架空の人物との交換日記となっており、相手がこのエミリーだということは考えられないだろうか。才子に訊ねてみよう。
僕は才子の傍に寄り、
「才子、ちょっとエミリーの事で訊きたいことがある」
才子の部屋はにべもなく却下されたので、僕の部屋へと才子を誘い出した。
「そうね、大体合ってるわ」
読みは当たっていたらしい。
「ただ、半分っていうところね。エミリーは実在はしたのよ。他の者も実在した人物がいなかったわけではないの。人格を都合よくコピーするのね」
「実在した……って、アヤソフィア王国なんて国、聞いたことがない」
「そこは架空よ」
いまいち歯切れが悪いな。今に始まったことではないけれど。
「文通相手は実在したっていうことよ」
才子はエミリーについて説明を始めてくれた。珍しいことではあったが、僕が記録していることで、何かが変わるのを期待してくれているのかもしれない。
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