サイコ8

 サイコは少し眠ったようになった。ぐったりとして、膝に頭を付けている。

「サイコは、どんな存在なんだ? 人格の一人と言っても、主人格の代わりにほとんど出てる状態なんだよな」

「……さぁ」

 何かが妙だ。先程までのサイコより少し声が低く、暗い。

「才子について特に興味もない」

 まるでサイコとは別人のような言い方をする。後輩と顔を見合わせる。

「サイコじゃないのか?」

「……耳に障る」

 サイコじゃない。確信するが、どう接したらいいのかが分からない。サイコは、今、誰なのだろう。

「君の名前は?」

「さっきから何を言ってる…?」

 顔を上げたサイコは、げっそりとした表情でまるで別人だった。目が合うと、一瞬カッと見開いた後、怯えるような目付きへと変わった。

「誰だ? 何故人が居る?」

 続いて膝元のナルコを認識すると、煩わしそうに頭を手で追いやった。

「サトリ?」

 ナルコが名前を呼ぶ。どうやらサトリという人格で、ナルコはサトリを知っているらしい。

「耳に障る。話すこともない。興味もない」

 表されるのは拒絶の言葉のオンパレードだ。こうした無関心で拒絶的な人格が現れたということは、サイコは話しすぎたと判断したのだろうか。或いはまだ話していないことで、話したくない内容があるのだろうか。

「サトリ、サイコを知ってるか?」

「知ってるも何も、うちの最長滞在者だ。こうして外に出るのは拒絶してるらしいがな」

 何だ? 話が嚙み合わない。

「サイコはどんな人物だ?」

「どんなって……黒い服で果物を齧ってて……威圧的で絶対権力だ」

 外見の特徴は合致するが性格がどうもしっくりこない。見せた方が早いのかもしれない。

 立ち上がり、室内である物を探す。女性ならば必ず持っているはずだ。ところが、机の引き出しを漁ってみたが見つからないので、室内に備え付けのクローゼットを開く。――当たりだ。

「サトリ、こっちに来い」

「怠い」

「文句言うな」

 サトリはいかにも怠そうに背中を丸めて両腕をブランと垂らして歩み寄ってくる。その様は姿勢が良くモデルさながらのサイコとは大違いだった。これが多重人格というものなのか。

 何とかサトリをクローゼットまで誘導する。そして立たせて直視させる――全身鏡を。

「……これは……どういうことだ?」

「もしかして自覚がないのか?」

 サトリは自分の顔と鏡とを交互にペタペタと触っている。

「これは……俺じゃない、才子だ」

 何度も疑問の声を呟きながら、処理しきれないといった様子でいる。副人格たちは、自らが副人格だという自覚が無い……?

「何故、才子が映っている?」

 サトリのいう『サイコ』と、自分の知っているサイコは容姿も名前も同じらしい。しかしサトリとサイコの話から言って、恐らく別の人格なのだろう。そして、自分の知っているサイコと、サトリとはどうやら面識がないらしい。

「吉田とかいうのや文也が調べていたことはこういう事だったのか……。外に出るということはつまり……」

「人格交代」

 知らない名前が二つほど出てきたが、とりあえず答えを教えてやる。

「なるほどな……。話は通るよな。消えたり増えたり出たり出られなかったり、か」

 サトリは納得したように呟く。

「これで俺もやっと『消える』のか……。随分長居した気がする」

「副人格だって分かれば統合するのか?」

「さぁ……知らない。ただ、俺はもう用済みになるだろう。関心もないのに答えを知ってしまったわけだから、もう存在意義もない。無関心な部分が上位存在に気に入られてたんだろうからな」

「上位存在って何だ?」

「才子と話に来て指示を与えてる奴だ」

 ――主人格のことだろうか。

「どんな奴かは誰も知らない。才子以外に上位存在とコンタクトを取った奴がいないし、才子は口を割らなかったからな。しかし、こういう訳だったか……」

 才子――サイコの言っていた主人格が唯一言葉を交わすイマジナリーフレンドらしい。

「お役御免だ。俺は疲れた。……そうだな、文也って奴は知りたがってる。出てきたら教えてやれ」

「待て、寝るな。中には誰が居る?」

 机を漁り、ペンと紙を急いで用意してサトリに持たせる。

 才子、満咲、悟、瑠璃子、ジョージ、文也、ステファン――

「これでいいだろ。休ませてくれ」

 幾人かの名前を書き終えるとそう言って、悟は目を閉じてぐったりとなった。

「七人……ですか。結構いるものですね」

「多重人格者は通常複数人の人格を所有するって聞くな」

「じゃあ、これが普通なんでしょうか?」

「ミサキっていうのはナルコと同じ年くらいだって言ってたな」

「他の人たちはどんな人格なんでしょうか?」

「呼び出せたら呼び出したいが……文也が出たら教えてやれと言ってたな」

「キーパーソンなんでしょうかね」

「才子に会えない以上は、恐らくな」

「あとは満咲ちゃんっていう子ですよね。記憶を持ってるっていう」

 紙に並んだ名前を前に、後輩と言葉を交わした。ちょっとした好奇心から始まった出会いではあったものの、自分たちがここまで関わった以上、サイコに何かしてやれることはないかと考え始めていたのだった。

 そして、悟の残したメモからはサイコとは別の才子が存在していて、サイコは内部には『居ない』ことになるのだと気付かされた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る