サイコ13

「サイコは雅のことをどれだけ知っている?」

「以前にお話しした通り、医師から聞く範囲です。恐らくもう一人の――雅の意識を共有出来る才子の方が雅については圧倒的に情報量を持っているでしょうね」

「そっちの才子には会うことは出来ないんだよな」

「イマジナリーフレンドですから。雅以外の人とお話しすることは無いかと思います。出てくるということも、例え出てきたとして、こういった……身体を支配する……憑依のような状態ではなく、雅自身が幻覚のように『見えないものを見ている』状態になることが予想されます」

「イマジナリーフレンドの才子と話すにはまず雅を出さないと話にならないっていう事か」

「そうなります」

「それに文也の話だと才子が行方不明になってるっていうからな。消えたっていう事は有り得るのか?」

「無いとは言い切れないけれど、急すぎるわね。完全には消えていないはずだと信じたいけれど」

 サイコは考え考え話を進めて行く。

「イマジナリーフレンドの才子が消えることは雅にとって大きな損失だから。彼女が居ることで精神の安寧が保たれているの。そして治療上、イマジナリーフレンドを消すことは必要不可欠ではない。残しておいても病理的には無害なはずよ。担当医が言っていたもの」

「雅の担当医っていうのは、院長なのか?」

「違うわ。解離性同一性障害――DID――の専門医」

 担当医にも話を聞いてみたいが、サイコを連れ去った今、病院の方ではただでさえ大事になっている。このタイミングで聞き込みに行くのはほとんど不可能なことのように思われる。


「話は戻るけど」

 この話題はあまり気は進まないのだが

「性的虐待について」

 言葉に出すと空しく響く。薄暗い部屋の中で、サイコは顔を伏せた。携帯電話の小さな明かりで、頬全体にまで長く睫毛の影が伸びる。

「院長が、母と結婚した理由の一つが、そもそも雅の存在だったのです。雅は他院から紹介を受けてDID専門医が常駐し研究機関とも連携しているこの病院に通院を始めました。通常の病院では手に余るほど、人格の交代が激しく、人格の入れ代わりも頻繁で数が多かったからです。加えて、人格とは別にイマジナリーフレンドの存在もありましたし、研究対象としても必要とされました。病院と、雅の症状とはお互いに持ちつ持たれつだったのです。そこで院長に母が見初められた――ということになっていますが、実際の目的は雅でした。入院することになり間もなく院長が雅に手を掛けると、周囲からも同じ扱いを受けるようになります。院長も黙認していた――というか、それを楽しんでいる節さえあります。母が離婚しないのは、ここ以上にDIDに特化した精神科医のいる病院を探すのは難しいためです。担当医も性的虐待の事実は知っていますが、院内での力が強いわけではなく、院長に楯突くことは病院からの追放を意味しています。ただ――」

 サイコは口元に手を遣って首を傾げていた。

「私の予想では、メディアにリークしたのは担当医ではないかと思われるのです」

 母親ではなくて、か。もしそうであれば、光が見えてくる。自分たちは性的虐待から雅を守るためにここまで連れ出してきた。リークしたのが雅の担当医であれば、彼もまた雅を性的虐待の手から逃そうという目的で行ったはずだ。彼に自分たちの行動を理解させることが出来れば、院内に入らずに外部で声を掛けてここに連れて来て、話を聞くことは出来るのではないだろうか。


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