サイコ12
自分も腰を掛ける。携帯電話の点灯機能を使って室内に灯りを灯す。仄暗い中で、黒服の女と学ランの高校生二人が密会している様は、やはり黒魔術のミサか何かを思わせる光景だろう。
「灯りは調達してこないとな。サイコ、ちゃんと食べたか?」
「あまり進まなかったのですが、少しは」
「少しでも食べられたのなら良かった。あんなものしか用意できなくて悪いな」
「いえ、とんでもない。こちらこそ気を遣わせちゃったみたいで……もう気を遣うも何もないところまで来てはいるけれど」
サイコは訥々と語り始める。
「文也という人格のメモを見ました。記録慣れをしているのね。よくまとめられていて、起きたら知らないところに一人で居て驚いた私の気持ちを落ち着けるのに役立ちました。他の人格についても記されていましたし、彼がイマジナリーフレンドの才子からどこまで話を聞いて把握しているのかも書かれていました。そうしてこのような事態になっている経緯も。貴方たちが雅に同情して私を逃がしたことも」
「早計な判断だったか?」
「何が一番良いのかは私にも分かりません。ただ、有り難くも思います。危険を冒してまで助けようとしてくれていること」
「犯罪……ですからね」
「捕まるか、良くて補導だな」
「すみません……私のためにお二人を犯罪者にしてしまって」
「いざとなったらこいつは逃がすさ」
「先輩、お供しますってば。何回言わせるんですか」
「お前は俺の判断に従っただけだ。逆らえなかったことにでもしとけ」
「嫌です」
案外頑固だな、こいつ。サイコについての件には譲れないものがあるということか。それとも昨日今日の出来事で自分にも何らかの思い入れを持ってくれているのか。確かめるのも気恥ずかしいので深追いはしないでおく。
「性的虐待についてですが」
サイコがおずおずと語りだす。息を飲む。
「私が最初に現れたのは最中でした。拘束帯で締められている時というのはお話ししましたよね。雅は代理の人格を形成することで自分に起こっている現実から逃れようとしたのでしょう」
「つまり、性的虐待を受けている最中の人格はサイコさんだったんですか?」
「ほとんど全て」
サイコは言いきった。身体は雅のものであるが、性的虐待の被害者は実際にはサイコなのだという。
「それ以来、主人格である雅の人格は出てきていません。内部でサイコと話しているだけでしょう。文也の記述によればそれもいつもではないようですが」
「外に出るようになったのは逃げ出したかったからか?」
「それもあるかもしれませんね。ただ、私は院内で生まれた人格ですので、単に外に出たかったのもあります。ヒール靴で歩く練習もしたかったから」
「そこにこだわるのは、イマジナリーフレンドの才子に近付くためか?」
沈黙が流れる。今、目の前にいるのはサイコなのか? 別人格であるサイコを演じている雅なのか?
「……私は、もう一人の才子には会ったことがないから」
上手く躱された気がした。それとも事実なのか?
「無意識下で雅の才子に対する憧れが顕現しているのかもしれないけれど」
そう付したことで、茶を濁された。正面切って訊くしかないか。
「なぁ、文也が言ってたことがある。今目の前にいる人格のサイコは、雅の演技なんじゃないのかって。サイコは人格なのに内部には存在しないんだろう? 内部って、文也の言う館のことだが」
「さぁ……どうでしょうね。私がどういう存在なのか、考えたことは無いのですよ。雅には入れ代わり立ち代わり人格が生まれては消える。私もその中の一人だと考えるのはそれ程おかしいでしょうか」
「しかし、話に聞いてるとほとんど主人格の役割をしているよな」
「多重人格には副人格が主人格の代理を務めて社会生活を送るケースもあるそうですよ」
「そうは言ったって」
駄目だ。サイコに訊いても口を割ることはなさそうだ。自覚が無いのかもしれない。質問を変えよう。
「雅に会わせてもらうことは出来るか?」
「それは……私にコントロールできる範囲を逸脱しているから」
「出来ないか……」
落胆する。雅に会わないことには分からないことがある。統合するにしても主人格がどういう人物か分からないとどうにもならないだろう。
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