サイコ11

 放課後、後輩を伴って廃アパートに向かう。A病院にはまだパトカーが止まっていて、中年の女性が警察と話をしているようだった。雅の母親だろうか。髪を後ろで纏めているが、娘が行方不明となった気疲れもあるのか崩れていた。顔は憔悴しきっていて、その様が罪悪感を与えてくる。

「お母さんですかね?」

「恐らくは」

 顔立ちに面影がある。雅が年齢を重ねたらああいった風になるのだろうと想起させるものがあった。細い顎に落ち窪んだ印象的な目元、高い鼻……母親も年齢に反して美しさを保っている。

 あの人から娘を奪ってしまったのかと思うと罪悪感は肥大してくる。しかし、雅の置かれた状況を鑑みれば、病院から逃がすという選択は決して誤りではないはずだ。人として。男として。

 感情の落とし所をどこに持ってくればいいのか分からない。それでも一度した選択は覆らない。雅を救い出す。最終目的はそれであって、その為なら手段は選ばない。――自分もまた後輩に負けず劣らず雅に入れ込んでいるのだろうな。今更ながら自覚してきた。ただそれは単に容姿からではなく、好奇心の対象からでもなく、正義感から言えば誘拐などもしないし、理由は分からないけれど、雅は保護対象なのだという観念からだった。

「ナルコちゃんに聞き込みの手が回ったらジエンドでしょうか」

「サイコを外に出す手伝いをし続けていたナルコの口がそんなに軽いかね」

「心配しすぎでしょうか」

「捕まる時は俺一人で済むようにするから心配しなくていい」

「最期まで付き合うって言ったじゃないですか」

「震えてるぞ、脚」

 そりゃ恐ろしいだろうな。この年で立派な誘拐犯だ。第三者が状況説明だけを聞けば、こちら側が暴行目的に攫ったと思われても仕方がないような状況だろう。保身に走る気はないけれど、捕まったら捕まったで雅が――サイコが真実を話してくれることを信じるだけだ。


 様々考えながら、病院向かいの廃アパートへと足を踏み入れる。不在の間、サイコが幾分片づけをしていたらしく、荒涼としていた室内はいくらか手入れが施されていた。

 自分たちの来訪に気が付いたらしいサイコは、膝上で結んでいた長いスカートを紐解いた。

「おかえりなさい」

 気の抜ける一言を漏らす。

「ただいま……というのも妙な感じだな」

 思わず苦笑が漏れる。ただいま戻りましたと、後輩は姫にでも仕える騎士のような一言で応じていた。

「少し片付け物をしてみました。あまりにも……その、殺伐としていましたし」

「手間掛けさせたな」

「いえ、時間はあったから。それにしても、病院の方ではパトカーが入りっぱなしのようですね。母が心配しているかしら」

 憔悴しきっていた中年女性の姿が脳裏に浮かぶ。

「心配はしているだろうけど……サイコ、戻りたいか?」

 サイコは、少し躊躇ったように間を置いた後、首を横に振った。

「お掛けになって。他の部屋に家具が幾分残されていたの」

 種類があべこべな食卓椅子が三脚あった。これも残されていたという他の部屋の外したカーテンで拭き掃除も施されていた。

 この廃アパートは全体が金属板で目隠しされている。日光も入らず室内は薄暗かった。

「なんだか秘密基地みたいですね」

 用意されていた一脚に腰掛けながら、後輩がまた間の抜けたことを言う。……が、悪くはないな。少年時代に行った無邪気な遊びが、犯罪ギリギリ……というか立派な犯罪と共にではあるが、再現されているかのようだった。密やかな、大人の入り込む隙の無い、自分たちだけの居場所。

 中心にはお姫様役の女子が居て、木の棒の剣を撃ち合わせて彼女を取り合うようにして真剣勝負をした。そんな思い出がある。彼女の名前は何だったか。花のように笑う可憐な子だった。残念なことにじきに転校してしまって、いつの間にか秘密基地も解散してしまったが。一般的には女子は立ち入り禁止とされるのかもしれないが、自分たちの場合には彼女を中心として成り立っていたのだ。

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