サイコ10

 昼休み。学食に居ると携帯電話が鳴った。後輩からである。

「先輩、来たら起きてました。人格の……昨日のサイコさんです」

 現れた人格はやはりサイコだったらしい。文也はどうなったのだろうか。イマジナリーフレンドの才子は?

「今、変わりますね」

 電話の向こうでごそごそと音がする。サイコは缶飲料のタブの開け方も知らなかったくらいだ。携帯電話の使い方も知らないに違いない。

「あの……サイコです。聞こえますか?」

「ああ。勝手に移動させてすまなかった」

「お聞きになったのでしょう? 文也という人格からのメモにあらましが記されていましたから」

「……ああ。恐らくサイコにとっては知られたくない内容だったのだろうけれど」

「他の人格が話してしまったからには仕方がありません。しかし、才子以外にそれだけ事情に通じた人格が存在することに驚きを隠せません」

「イマジナリーフレンドの才子が文也に話したのだそうだ」

「あれだけ口の堅い人が?」

 才子はそうなのか。

「サイコは、イマジナリーフレンドの才子とは話が出来るのか?」

「いえ。直接は出来ません。医師の診察を受ける際にサイコの存在を聞かされて、どういった状態でどういった人物なのかを知っているだけです」

 文也の言っていたサイコは雅の演技説は否定された……とも言い切れないのだが、サイコが――雅が、故意に攪乱している可能性がある。

「ともかく、無事に目を覚ましたようで良かった。食糧はアパートの部屋に用意しておいたから、気が向いたときに食べてほしい」

 本当に、食べてほしい。折れそうに細い手首や腕を思い起こす。痛々しいほどに。

「ありがとうございます。あの、病院から連れ出してくださったことも」

「なぁサイコ。何故、外に出た時に逃げ出さなかった?」

「……母が」

 母親。未知の領域に話題は拡大してきた。

「悲しむかと思って」

 窺い知るに、お互いに縛り合う親子関係になっているのかもしれない。雅は院長が母親の現在の夫なのでどんな目に遭っても病院から逃げない。密かに外出しても帰って行く。母親は雅の治療のために夫の失脚を防がなくてはならず、雅が性的被害に遭っていても事を荒立てることは無い。悪循環だな。いや、それでも雅は病院内に居た方がいいと本人も母親も判断するだけの事情があるのかもしれない。

「放課後になったら自分もそちらに向かうので。後輩も昼休みが終われば戻るだろうけど、あまり不安にならないようにな」

 忠言するとサイコは了承した。後輩に代わり、通話は終わった。


 不在時に文也とは別の人格交代でも起きたらどうなるか分からない。文也が消えずに戻れていれば、中で他の住人に話を通してくれている可能性もあるが、文也が消えていないという保証はないし確かめることもできない。消えていたとしたら、確かめる方法は別の人格に会い、その人格が文也を覚えているか忘れているかの判断でしか出来ないのだ。そしてそれは中にはいないというサイコの人格では不可能だ。

 状況がうまく通らない。そのもどかしさが募っていく。サイコは人伝で、文也もまた才子から情報を引き出さねば全貌は見えてこない。

 けれど、サイコ本人から聞ける情報もまだあるに違いない。サイコが雅の演技である可能性も否定できない。それはサイコ本人しか知らない。また、違ったとしても、全部を解決するには雅と話をしないわけにはいかないだろう。

 ほとんどの時間、身体を支配しているというサイコに代わって、主人格であるはずの雅がどうすれば表に出てくるのか、その方法さえ分かればと思った。

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