サイコ14

 サイコから担当医の特徴を聞き出す。曰く、とても医者には見えないような人物で、短髪で茶色に染めていて眼鏡を掛けている。白衣の下にはTシャツにチノパンなのだそうだ。随分とラフな医者である。他にそのような格好の医者はA病院には居ないから、見れば分かるだろうとのことだった。

 再び外に出る。後輩はサイコの元に置いてきた。これ以上の危険を冒すのは自分一人で十分だ。

 A病院の前までやってくると、警備員と警察とがまだ話をしていた。操作は順調なのだろうか。素知らぬふりで通ろうとする。が

 警備員が何かを言いながらこちらを指さしているのが確認できた。警察が振り返る。まずい。自分は警備員に顔が割れている。急いで踵を返して走り出す。逃げなければ。脚が絡みそうになりながら必死で走る。どこへ逃げたらいいのだろう? 廃アパートには戻れない。

 とにかく走っていると、後ろからエンジン音が聞こえる。もう駄目だ。白いセダンが通り過ぎて少し先に停まった。扉が開く。

 現れたのはTシャツにチノパン姿、茶髪で眼鏡を掛けた――雅の担当医と思しき人物だった。

「君、乗って。早く」

 急かされて後部座席に滑り込む。ドアを閉じるか閉じないかのうちに車は発車した。


 切らした息をゼイハアと整える。

「君、昨日うちの病院に来たんだってね」

 話はもう既に回っているらしい。この医者は信用できるのだろうか。疑いが無いわけではないけれど、自分を匿ってくれたのは事実だ。

「雅ちゃんの行方を知っているか?」

 走ったことで高鳴っていた鼓動は早鐘を打ち続ける。

「……知っていたとして、貴方にお伝えすることで僕に不利益は生じますか」

「雅ちゃんに危害を加えることが目的であればそうなるね。ただ――」

 医者は一度言葉を切った。

「雅ちゃんが脱出を望んでいてそれを手助けしたのだとしたら話は変わってくる。どちらだろうか」

 もうお見通しとでもいうように、自分が雅誘拐の犯人だと思っているのだろう。当たりだが。

「後者ですね。彼女が性的虐待を受けていると聞いたもので」

「……それを彼女が話したのか? 君に?」

「正確には彼女の別の人格です。文也という」

「文也……文也……」

 医者はその名を繰り返した。

「僕はまだ知らない人格だな。また新しく発言しているのか……。人格のことも知っているようだね」

「ええ。その辺りはサイコから聞きました」

「今の雅ちゃんはほとんどの時間、サイコとして生きているからね」

「そう聞いていますが、サイコは本当に人格の一人なんですか?」

「……と、言うと?」

「文也が、中には館があって、人格としてのサイコはそこには存在しないというのです。雅がサイコを演じているということはないのですか?」

「可能性はゼロではないけれど、そうする意味は無い。サイコは雅ちゃんが自分を性的虐待の記憶から守るために生まれた人格だからね」

 医者の見解は分かった。確かにそうではあるが、サイコだけが特別扱いになっているらしい違和感は拭えない。

「それで」

 医者はハンドルを切りながら続ける。

「雅ちゃんをどこにやった?」

「明かすことで、雅は病院に連れ戻されますか」

「僕が行く。そこで診る」

 この人も雅に入れ込んでいるらしい。彼女の置かれた状況は、男たちの同情を引き寄せるものがあるのか。

「数年前の、拘束帯の不正使用の件ですが」

 まだ話すべきことはあった。あのリークは誰が行ったのか。

「拘束帯で縛り付けてから性的虐待が行われたと聞きます。本来、そのことをリークした人物が居て、雅が口を閉ざしたために拘束帯だけが問題になったと。リークした人物に心当たりはありますか?」

「ああ、それね。心当たりがあるも何も、僕だよ」

 ああ、この人は味方だ。そう判断した。信用しようじゃないか。

「もう一度訊こうか。雅ちゃんを何処へやった?」

「……A病院のすぐ真向いの廃アパートです」

「何だ、灯台下暗しだな。これだけ必死に探しているっていうのに」

 額に片手を当てて、はは、と医者は苦笑した。


 車は戻って近くの公民館に駐車した。忍んで歩くと、廃アパートへ連れ立って戻って行った。

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