サイコ15
「雅ちゃん」
医者はいかにも安心したというように一声掛けた。
「ああ、ごめん。サイコだったね」
慌てて訂正する。冷静に見えたが、雅の身を案じていた彼も余裕をなくしていたのだろう。
「先生。どうしてここに?」
「昨日、病院に入り込もうとした男子学生がいたという話でね、そこの彼だけれど。雅ちゃんの失踪の事情を知っているんじゃないかという話になっている。それで警察に発見されて逃げている彼を僕が匿って事情を聴いて、ここに来たっていう訳さ」
「そう……。顔が割れているなら時間の問題かしら」
サイコは不安そうに呟く。
「明日、高校に該当生徒を探しに行くという話だよ」
「先に聞けて良かったです」
明日は仮病で休むことに決めた。あまり時間は無いようだった。
「リークしたのはやはりこの人だったようだよ」
「そうなんですか。思った通りです。先生はいつも私を守ろうとしてくれるから」
ちくり、心に何かが刺さる。数年診ているのだからサイコから医者への信頼が厚いのは当然のことだ。分かっているはずなのに。何となく面白くない。
「先生、ここに文也という人格からのメモがあります。記録することが得意な人格みたい。これを見てみて下さい」
暗い部屋で、医者はサイコに渡されたメモ書きを読み始めた。後輩が別の部屋から椅子を持ってきて、不揃いな食卓椅子は四脚になっていた。
医者が読む間、三人はひたすら黙っていた。医者は医者なりの見解を出してくれるだろう。
「ふむ、記録人格というのは存在するケースが多いけれど、文也というのは記録はするがイマジナリーフレンドの才子からの又聞きが多いようだね。記憶も時折飛んでいるらしい。完全体とはいかないようだが、雅ちゃんへの記憶面での統合の鍵となる人格ではあるだろうね。サイコを除けば、だけれど。満咲ちゃんの記憶について、また保護施設で過ごしていた時代に関するエミリーという人格については、幼少期の記憶統合の役に立つだろう。ただ、リスクが大きくて、僕としても幼少期の人格の統合は躊躇っている。この間、サイコが暴れた時も、満咲ちゃんが少し出てきたね。とても怯えていたから過去を思い出していたのだと思っていたけれど、内部でテロのフラッシュバックに類似する銃撃戦があったということか。満咲ちゃんの統合は雅ちゃんに過去のトラウマを思い出させることに繋がるから、何とか統合は阻止したのだけれどね。過去を受け止めるだけの余裕がある時に行わなければならない。そのためにはまずは雅ちゃんの心の安寧が求められる。当然、イマジナリーフレンドの才子の存在も必要になってくるが――不在か……。現在、雅ちゃんはどうしているのだろうね?」
医者はサイコに向かって語り掛ける。
「雅についても才子についても私には分かりません。彼女たちと違って意識を共有しているわけではないし」
「そうか……。雅ちゃんはイマジナリーフレンドの才子としか話をしない状況に陥ってるからね。中で才子の部屋が無人だということは、才子と同じく雅ちゃんも消失している危険性がある」
「主人格が統合されるなんてあるんですか?」
後輩が思わず口を挟む。
「他に社会生活を送るにふさわしい副人格が居る場合、そちらに主人格を統合するということはあるんだよ。僕は、サイコが適任だと思っている。雅ちゃんは余りにも……心を閉ざしているし、食事もまともに摂れない。希死念慮も見られていた。あの状態の雅ちゃんに全人格を統合するよりは、落ち着いていて話が通じるサイコを残した方が社会生活を送る上では不便が少ない。覚えなければいけないことは多いけれどね」
「缶のタブの開け方とかか」
「ははは……知らなかったのかい?」
「お恥ずかしながら。飲んだことがなかったものですから」
サイコは小声で言い訳して見せた。
「とにかく、無事でいてくれて良かったよ。暇を見て顔を出そう。それと、捜査で変わったことがあれば伝えよう」
「すみません。助かります」
「いや、君たちの行動力には驚かされるよ。若いとはそういうものだったかな」
医者は、どこか懐かしむように呟いた。
「僕が若い時には流石に女の子は攫わなかったけれどね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます