才子28

 瞼越しに光が透けているのが分かる。あ、戻ってきた。僕には分かった。幼女たちが遊ぶ声が無邪気に響く。

 目を開けると、広間のソファに寝かされていた。僕は昏倒したらしかった。

「お目覚めかの?」

 聞きなれたしゃがれ声。老人だ。Gさん。

「僕、どれくらい寝てましたか?」

「三日というところかのう」

 向こうでは――外では数時間も経っていない。時間の経過がこちらでは早いらしい。

「先を越されるとはのう。満咲と瑠璃子に聞いてお前さんが外に出てるのだと知らされたわい。どうじゃった?」

「人と……高校生と会いました。それで、僕たちの本体を病院とは別の場所に移しました。その、事情があって」

「話してはくれんのじゃろ」

「……すみません」

 性的虐待については言及できない。本体である雅や、何より才子に、影響があるのを恐れていた。

「才子は戻ってきましたか?」

「いや、相変わらずじゃのう。持ち主以外にも部屋の扉が開けられるというのも珍しいことじゃが、空っぽじゃよ」

「どこに行ったのでしょうか。食事はどうされていたんですか?」

「厨房を見つけたんじゃ」

 記録には『吉田さん』が食事を運んできたこともあったと書いてあった。知る人は知っているのだろう。厨房の成す意味もここではそう大きくもないだろうけれど。

「外でのことを記録してきます」

 断って、僕は部屋へと戻った。道中、才子の部屋を覗いたけれど、やはりしんと静まり返っていた。

 どこにいってしまったのだろう。僕にとっての才子は。


 部屋で記録を付ける。二人の高校生、人格であるサイコ、雅の母親と院長について、その義父である院長からの性的虐待、病院からの逃避行、廃屋に残してきたサイコ宛てのメモ――。

 外では今どうなっているのだろう。僕の意思で身体を別の場所に動かしたとはいえ状況的には誘拐に見えるわけで。あの高校生たちが困ったことになっていないと良い。雅については彼らが頼みの綱だった。僕がこちら側で出来る事なんてないだろう。そう思っていたのに。

 記録を終えると、あの感覚が来る。

「……誰か来たな」


 廊下に出る。才子が居ない今、物資調達は不可能で武装することも叶わない。瑠璃子の部屋からスティーブを呼び出すと、乱れた髪型を直しながら歩く彼を伴って来訪者を迎えに行く。油断はできない。襲撃というのが、また起こるかもしれないのだから。

 しかし実際には武装集団は現れることなく――白い廊下の先に、黒い布が広がっているのが見えたのだった。

「才子だ……」

 僕は何かに引き寄せられるかのように駆け寄って、眠る彼女を抱き起した。

「才子、才子。分かるか? 目を覚ませ」

 必死に呼びかけると、才子は目を覚ました。その途端、僕の腕の中から飛びのいて両腕で胸元を覆い隠し、こちらを睨み付けてくる。何やら様子がおかしい。

「才子か? これ」

「いや、見た目には才子そのものだろう」

 というか、才子が戻ってきたのだと思いたいのだ。僕は。才子、という言葉に才子は反応を見せる。キョロキョロと辺りを窺う。そして、訝し気に頭を傾けた。何もしゃべらない。

「才子さんよ、どうしちまったんだい?」

 スティーブがしゃがみこんで問いかけるが返答はない。聞こえていないわけではないらしく、声を掛ける度にびくんと体が飛び上がる。何かを恐れているらしい。

「何で喋らないんだろう。才子じゃないのか?」

 だとしたら、誰だ? 僕が知る中で、あてはまりそうな人物は一人しかいなかった。

「――雅、なのか?」

 才子は目を見開いた。首を傾けたまま、ゆっくりと、奇妙に頷いた。マリオネットのような不自由そうな動きだった。

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