才子24

 才子と分かれると、広間に戻る。エミリーは満咲ちゃんと積み木遊びをしているところだった。

「エミリー、ちょっといいか?」

「はい、何ですの? 今ちょうどいいところですのに」

 積み木にいいところなどあるのだろうか。分からないのは、僕に幼少期は存在していないからだろうか? ……などという笑えない冗談を頭の中で考えつつ。

「日本人の文通相手に付いて訊きたいんだ」

「雅についてですの?」

 ミヤビ。その響きに心臓がドクンと波打つ。それが『上位存在』の名前なのだろうか。

「雅っていうのか」

「そうですわ。5歳ですの。わたくしより3つばかり年少ですのよ。手紙を持ち込めたら良かったのですけれど、生憎この身一つで放り出されてしまったようですから、城に置いて来てしまったのですわね」

 雅が保護施設に居た年齢は5歳か。そうなるとテロはそれ以前ということになる。随分幼くして過酷な運命を背負ったものだ。

「雅はお友達がいないということでしたの。それで、ある日わたくしが鳩の脚に結んで飛ばした手紙を雅が受け取ってお返事を出してくれたのですわ」

 ……という設定になっているらしい。実際にエミリーの手紙を書いていた人物は結構な空想家だったらしい。しかしながら幼少時、残酷な現場に居合わせ孤独を覚えていた少女にとって、夢のあるお姫様からの手紙はどれだけ心の支えになったことだろうか。

「どんな内容だったんだ?」

「よく、絵が送られて来ますの。絵と言っても、その年頃の子が描いたものですからあまり形よくという訳には参りませんけれど、赤や黒のクレヨンでぐるぐると……見ようによっては抽象画ですわね」

 やはりあまり精神状態が安定していたとは言えなさそうだ。

「それから、城の生活について聞きたがるのでお返事していますの。わたくしにとっては退屈な毎日ですけれど、雅にとっては新鮮なようで、わたくしも城の絵など描いて送っていますわ。喜んでくれている様子ですのよ」

 女の子には、お姫様願望と言うものがあって、自分は本当は実の両親から生まれた子供ではなくどこかの国の姫や令嬢で、いつか迎えが来ると信じることがあるのだという。雅にもそうした傾向があったのかもしれない。ただでさえ過酷な状況に置かれたはずの彼女は、自らの現状をリセットして生まれ変わりたかったに違いない。手紙の主は、そうした雅の心情をよく理解していた人物と言える。

 足りないピースがあるような気がした。エミリーは、手紙の主は本当は誰だったんだ?

 恐らくPTSD――心的外傷後ストレス障害。事件や事故、犯罪や虐待、天災や親しい人物の死などによって引き起こされる再体験の苦痛を伴ったトラウマに囚われている症状――であったはずだ。小児精神科医か年長の友人か……。そうか、もしかして母親なのだろうか。『上位存在』・雅の父親については聞いているが、母親の話はまだ一切出てこない。この点が不可解だったのだ。

 エミリーが母親だったのかは不明だが、足りないピースの正体は雅の母親である。存命だとして、雅自身が入院しているというから恐らく存命のはずだが、院内での性的虐待に母親は気付いていないのか? 何も言わないのか? 何故だ?

 まだ僕の知らない事情がある。全貌を把握できていない自覚はある。しかし才子なら全て分かっているはずだ。雅の意識は才子と完全に繋がっているというのだから。

 エミリーの話は非常に参考になった。礼を述べると、エミリーは積み木遊びへと戻って行った。


 今の才子に何か物を尋ねる気にはならない。一人になりたいと言って部屋に引きこもっているのだから。もしかしたら雅と面会しているのかもしれない。僕には二人の間には入り込めないのが分かっていた。もどかしいが少し時間を置くしかない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る